錯生成平衡を利用する金属イオンの滴定を錯滴定と言いますが、このうち滴定剤としてキレートを用いる場合はキレート滴定と呼ばれます。エチレンジアミン四酢酸(EDTA)はほとんどの金属イオンと11の安定な金属-キレート錯体を作ります。キレート滴定の代表であるEDTA滴定について、滴定曲線を描くための基本的な関係式を導きます。   

<<EDTAの酸としての性質>>
中性形のEDTA(H4Y)4価の酸と考えることができます(-)(*1)。   

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2024-05-05-fig1

H4Yは次のように酸解離します。
H4Y
H3Y- H+
   K1 = [H3Y][H]/[H4Y]
H3Y-
H2Y2- H+  K2 = [H2Y][H]/[H3Y]
H2Y2-
HY3- H+  K3 = [HY][H]/[H2Y]
HY3-
Y4- H+   K4 = [Y][H]/[HY]
(*1) すべてがプロトン化したH6Y2+6価の酸となる。しかし、H6Y2+, H5Y+形のイオンは主に強酸性溶液中でのみ存在する。実際のEDTA滴定は塩基性側で行われることが多く、陽イオン形の化学種はEDTA滴定の考察には重要でないのでここでは考えない。また、EDTAの遊離酸(H4Y)の溶解度は非常に小さく水に溶けにくいので、試薬としてはニナトリウム塩(Na2H2Y)がよく用いられる。   

EDTAの全濃度[Y’]とすると、EDTAの化学種(Y4-, HY3-, H2Y2-, H3Y-, H4Y)の存在分率(fn)は、
[Y’] = [Y][HY][H2Y][H3Y][H4Y]
 = [Y](1
[H]/K4[H]2/(K4K3)[H]3/(K4K3K2)[H]4/(K4K3K2K1))
ここで、
α = 1[H]/K4[H]2/(K4K3)[H]3/(K4K3K2)[H]4/(K4K3K2K1)
とすると、
f0 = [Y]/[Y’] = 1/
α
f1 = [HY]/[Y’] = f0[H]/K4
f2 = [H2Y]/ [Y’] = f0[H]2/(K4K3)
f3 = [H3Y]/[Y’] = f0[H]3/(K4K3K2)
f4 = [H4Y]/[Y’] = f0[H]4/(K4K3K2K1)
となります
(*2)
(*2) fnnは解離できるHの数。fn[H]のみの関数であり、[Y’]の大きさとは無関係となることに注意!(2023-10-29)   

pH変化にともなうEDTAの化学種分布を-に示します。-2から明らかなように、たとえば、pH10ではY4-の分率はf4=0.30pH12ではf4=0.98となります。   

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2024-05-05-fig2

<<EDTA錯体と条件生成定数>>
水素イオンがすべて解離したEDTA(Y4-)は金属イオンMn+と安定なキレートを生成することができます(図-3)。   

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2024-05-05-fig3

このキレート環は非常に安定した構造をとり、EDTAはアルカリ金属イオン以外のほとんどの金属イオンと11の安定な錯体を作ります。
Mn+
Y4- MYn-4
Kf = [MY]/([M][Y])
Kf
は金属イオンMn+Y4-からEDTA錯体MYn-4が生成するときの平衡定数です。[Y]は酸濃度に依存し、計算しない限り[Y]を知ることができません。しかし、EDTAの全濃度
Cyは直接求めることができます。したがって、Cyを用いて[M]を知ることを考えます。

ここで、上記のf0 = [Y]/[Y’] = 1/αの関係から[Y]=[Y’]f0なので
Kff0 = [MY]/([M][Y’])
このKff0Kfとすると、
Kf’ = [MY]/([M][Y’])

となります。
ここで、
[Y’]金属イオンMと反応していないEDTAの全濃度です(*3)
f0=1/αは[H]のみの関数なので、pHが一定ならばKfは一定です(*4)Kf条件生成定数と呼ばれます。条件生成定数(Kf’)pHに依存するので真の定数とは言えませんが、pH一定の条件下では定数として取り扱うことができます。このKfを導入すると滴定曲線の関係式にEDTAの全濃度Cyを用いることができ、式の作成が簡便になります(*5)
(*3) 前項のEDTA単独での取り扱いとは違い、[Y]EDTAの全濃度Cyではなく、「金属Mと反応していないEDTAの全濃度であることに注意!! つまり、Cy=[Y][MY]となる。f0はこれまでどおりのやり方で計算できる。
(*4) pH
が一定である条件は、試料溶液にpH緩衝溶液を加えることによって簡単に作り出せる。
(*5)
実際には、条件生成定数は金属イオンMの加水分解やその他の副反応も考慮する必要があるが、次の滴定曲線の作成の項においては無視する。金属イオンMの副反応等を考慮した条件生成定数については、最後に述べる。   

<<滴定曲線の関係式>>
金属イオンMを含む溶液について、pH緩衝液を用いてpHを一定にしてEDTAで滴定することを考えます。
Cmo mol/L
の金属イオンMを含む溶液Vm mLpH緩衝液を加えてV mLにしたあと、Cyo mol/LEDTAで滴定するとき(滴下量:T mL)の滴定曲線の関係式を求めます。   

関係式は次のとおり。
Mn+
Y4- MYn-4
Kf = [MY]/([M][Y])
[MY] = Kf[M][Y]
  …①
Kf’ = Kff0
  …②
各滴定段階における溶液中のEDTAと金属イオンMの全濃度を
Cy , Cmとすると、
Cm, CyCmo, Cyoの間には次の関係があります。
Cm = CmoVm/(VT)   …③
Cy = Cyo
T/(VT)   …④
また、物質バランスは、
金属イオンMについて、
Cm = [M]
[MY]  …⑤
配位子(EDTA)Yについて、
Cy = ([Y]+[HY]+[H2Y]+[H3Y]+[H4Y])+[MY] = [Y’]+[MY]  …⑥     

<<滴定曲線の作成方法>>
滴定曲線を描くためには、滴下量Tと金属イオン濃度pM(=log[M])の関係を求める必要があります。
EDTA
の物質バランス()および生成定数式()から
Cy = ([Y][HY][H2Y][H3Y][H4Y])[MY] = [Y’]Kf[M][Y]
[Y’]/[Y] = 1/f0
なので、
Cy = [Y](1/f0
Kf[M])
[Y] = Cyf0/(1
f0Kf[M])
②式を代入して、
[Y] = Cyf0/(1
Kf’[M])
  …⑦
また、金属イオンMの物質バランス(), および①式から、
Cm = [M]+Kf’[M]Cy/(1+Kf’[M])
Cyについて求めると、
Cy = (Cm-[M])(1+Kf’[M])/(Kf’[M])  …⑧
緩衝液を加えて溶液のpHを一定に保つとf0が求まり、Kfが与えられます。

Tを与えてpMを求める方法>
⑧式を[M]について整理すると[M]に関する二次方程式が得られます。
Kf’[M]2
(Kf’(CmCy)1)[M]Cm = 0
[M]2
((CyCm)1/Kf’)[M]Cm/Kf’ = 0  …⑨
二次方程式の解の公式により[M]を求めます。
[M] = {(CmCy1/Kf’)+((CmCy1/Kf’)24Cm/Kf’)}/2  …⑩
ここで、
Cm = Cmo
Vm/(VT)  …③
Cy = Cyo
T/(VT)  …④
T
を与えて③, ④式から
Cm, Cyを求めて⑩式に代入すると、pM(=log[M])を求めることができ、滴定曲線(TpM)を描くことができます(*6)
(*6) ⑧式または⑨式について、二分法やMIN法を用いて解くことも可能である。   

pMを与えてTを求める方法>
別法として、, ④式を⑧式に代入して、
Cyo
T/(VT) = (CmoVm/(VT)[M])(1Kf’[M])/(Kf’[M])  …⑪
⑪式からTについて求めると、
T = {(CmoVm[M]V)(1+Kf’[M])}/{[M](1+Kf’[M]+Kf’Cyo)}  …⑫
この式がpM(=log[M])を与えてTを求めるときの関係式です。
pMの値を与えると[M]=10-pMからTを求めることができ、滴定曲線(T-pM)を描くことができます。   

<滴定曲線の例>
Cmo=0.01 mol/Lの金属イオン(logKf=10とする)を含む溶液Vm=20 mLに緩衝液(pH=12)を加えてV=50 mLにしたあと、Cyo 0.01 mol/LEDTAで滴定したとき(滴下量:T mL)の滴定曲線を求めます。計算結果(抜粋)-(⑩式使用)および -(⑫式使用)に示します。作成した滴定曲線を-に示します。   

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2024-05-05-fig4a

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2024-05-05-fig5a

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2024-05-05-fig6

<<条件生成定数について>>
以上の取り扱いにおいては、条件生成定数を
Kf’ = [MY]/([M][Y’])
として、滴定曲線の関係式(TpM)を導きました。
つまり、
Mn+と結合していない遊離のEDTAに関して、H4Y, H3Y-, H2Y2-, HY3-, Y4-5種類の化学種が存在することを想定しています。   

一方、Y4-と結合していない金属イオンとしては、Mn+だけしか想定していません。しかし、実際には、Y4-と結合していない金属化学種としてはMn+以外にもM(OH), M(OH)2, …といった水酸化物や他の配位子Lと結合したML, ML2,…といった化学種が存在する場合もあります。
したがって、このような場合、
[M’] = [M]
[MOH][M(OH)2]+…+[ML][ML2]+…
として、新たな条件生成定数
Kf’’を考える必要があります。
Kf’’ = [MY]/([M][Y’])   

さらに、MYについても、場合によってMHYM(OH)Yといった化学種も存在するので、このような場合は、
[MY’] = [MY]
[MHY][M(OH)Y]+…
Kf’’’ = [MY’]/([M
][Y’])
を用いる必要があります。   

また、場合によっては多核錯体が生成する可能性もあります。このような複雑な平衡を解析するときは上記の関係式(⑩または⑫)では不十分であり、エクセルのソルバーの使用が有効となります。