Ca2+EDTA滴定の滴定曲線を描く方法について考えます。まず、EDTAの酸解離だけを考慮した場合の滴定曲線を描きます。ついで、Ca2+の加水分解(CaOH+の錯生成)も考慮に入れてもう少し厳密な計算をして滴定曲線を描きます。   

<<EDTAの酸塩基反応だけを考慮した場合>>
前回(2024-05-05)述べたように、Ca2+EDTA(Y4-)錯生成反応および錯生成定数Kfは次の通りです。
Ca2+ Y4- CaY2-
Kf = [CaY]/([Ca][Y])
一方、Y4-
塩基としての性質を持ち、酸塩基反応によりY4-, HY3-, H2Y2-, H3Y-, H4Yの化学種が溶液のpHに応じてある割合で生じます。このような、対象とする主反応(錯生成反応)以外の反応は副反応と呼ばれます。
Ca2+反応していないEDTAの全濃度[Y’],  Y4-存在分率fy(=f0)すると、次の関係が成立します。

[Y’] = [Y]+[HY]+[H2Y]+[H3Y]+[H4Y]
fy = [Y]/[Y]
存在分率fy[H]のみの関数です。したがって、ここでもしpHが一定ならば、fyは定数となります。このとき、
Kf = [CaY]/([Ca][Y]) = [CaY]/([Ca][Y]fy)
ここで、KffyKf’とすると、
Kf = [CaY]/([Ca][Y])
Kf’は条件生成定数と呼ばれます。   

Cmo mol/LCa2+を含む溶液Vm緩衝液を加えてpHを一定して体積をV mLにしたあと、Cyo mol/LEDTAで滴定したとき(滴下量:T mL)の滴定曲線を求めます。ここではEDTAの酸塩基反応だけを副反応として考慮します。
滴定の各段階における被滴定溶液中のCa2+の全濃度をCm mol/L, EDTAの全濃度をCy mol/Lとすると、滴定中次の関係が成立します。
Cm = CmoVm/(V+T) = [Ca][CaY]
Cy = CyoT/(V+T) = [Y][CaY]   

以上の関係式から、次のような滴下量T[Ca]の関係式が成立します(2024-05-05)
[Ca]2
(CyCm1/Kf’)[Ca]Cm/Kf’ = 0

この二次方程式を解いて[Ca]を求めます。
[Ca] = {(CmCy1/Kf’)+((CmCy1/Kf’)24Cm/Kf’)}/2  …①
pCa=log[Ca]を求め、T-pCaの滴定曲線を描きます。    

例題1 Cmo=0.002 mol/LCa2+イオンを含む溶液Vm=50 mLpH緩衝液(KOH)を加えてV=60 mLにした後、Cyo =0.01 mol/LEDTAで滴定するとき(滴下量:T mL)の滴定曲線(T-pCa)を求めよ。pH13.0とする。CaOH+の生成は考慮しない。   

用いた平衡定数は次の通り(イオン強度μ=0.1のときの値)
EDTA(H4Y)の酸解離定数:
K1 = [H][H3Y]/[H4Y]
 , pK1 = 2.00
K2 = [H][H2Y]/[H3Y]
 , pK2 = 2.69
K3 = [H][HY]/[H2Y]
 , pK3 = 6.13
K4 = [H][Y]/[HY]
 , pK4 = 10.37
Ca-EDTA錯体の錯生成定数
Kf = [CaY]/([Ca][Y])
 , logKf = 10.7
これらの値から、pH = 13.0におけるfyおよび条件生成定数Kfは、
fy = [Y]/[Y’] = 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1)) = 0.998
Kf’ =
[CaY]/([Ca][Y’]) = Kffy , logK f’ = 10.65
となる。
①式およびpCa=log[Ca]から、エクセルを用いてTに対するpCaを求めた。結果を-1に示す。   

-1
2024-05-12-fig1

<<EDTAの酸解離およびCaOH+の錯生成を考慮した場合>>
前項ではEDTAの酸塩基反応だけを副反応としましたが、ここではEDTAの酸塩基反応に加えてCaOH+の錯生成反応(加水分解)も考慮に入れます。したがって、前項の関係式のうち、Cmについては、
Cm = CmoVm/(V+T) = [Ca]
[CaOH][CaY]
Ca-OH錯体の生成定数をβoとすると、
βo = [CaOH]/([Ca][OH])
Cm = [Ca](1
+βo[OH])[CaY]
が成立します。
Y4-
反応していないカルシウムの全濃度を[Ca]とし、Ca2+存在分率fmとすると、
[Ca
] = [Ca][CaOH] = [Ca](1+βo[OH])
fm = [Ca]/[Ca
] = 1+βo[OH]
このとき、
Kf = [CaY]/([Ca][Y]) = [CaY]/([Ca
]fm[Y]fy)
Kffmfy = [CaY]/([Ca
][Y])
ここで、KffmfyKf’’とすると、
Kf
’’ = [CaY]/([Ca][Y])
Kf
’’はEDTAの副反応に加えてCaOH+の生成による副反応も含めた条件生成定数です。fmもまた[H]のみの関数です。   

被滴定溶液中のCa2+の全濃度をCm mol/L, EDTAの全濃度をCy mol/Lとすると、滴定中次の関係が成立します。
Cm = CmoVm/(V+T) = [Ca
][CaY]
Cy = CyoT/(V+T) = [Y
][CaY]   

以上の関係式から、滴下量T[Ca]の関係式が求まります(*1)
[Ca
]2((CyCm)1/Kf)[Ca]Cm/Kf = 0

[Ca
] = {(CmCy1/Kf)+((CmCy1/Kf)24Cm/Kf)}/2  …②
(*1) ②式は①式の[Ca], Kfをそれぞれ[Ca], Kf’’に置き換えれば、式は同じ形となる。   

例題2 例題1と同じ条件で、Ca2+EDTAで滴定するとき(滴下量:T mL)の滴定曲線(T-pCa)を求めよ。ただし、CaOH+の生成を考慮する。   

EDTA(H4Y)の酸解離定数:
pK1 = 2.00
pK2 = 2.69
pK3 = 6.13
pK4 = 10.37
Ca-EDTA錯体の生成定数
logKf = 10.7
Ca-OH錯体の生成定数
βo = [CaOH]/([Ca][OH]),  logβo = 1.1
水のイオン積: pKw = 13.8

関係式は、
Kf’’ = [CaY]/([Ca’][Y’]) = Kf(fmfy)
Cm = CmoVm/(VT) = ([Ca][CaOH])+[CaY] = [Ca]+[CaY]
Cy = CyoT/(VT) = [Y][CaY]
fm = [Ca]/[Ca’] = 1/(1
βo[OH]) = 1/(1+βoKw/[H])
fy = [Y]/[Y’]
②式およびpCa’=log[Ca’]から、エクセルを用いてTに対するpCa’を求めた。計算結果を-に示し、滴定曲線を-に示す(赤色の実線)-中には例題1の結果も示す(青色の点線)。   

-
2024-05-12-fig2

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2024-05-12-fig3

CaOH+を考慮すると、考慮しないときに比べて、当量点後にEDTAと未反応のCa量が増加する(pCa’が減少する)ことが分かります。   

<<pHによるK''および滴定曲線の変化>>
Ca-EDTA
錯体の条件生成定数Kf’’の関係式は次の通りです。
Kf
’’ = [CaY]/([Ca][Y]) = Kffmfy
fy
= [Y]/[Y’] = 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1))
fm = [Ca]/[Ca’] = 1/(1
βo[OH]) = 1/(1+βoKw/[H])
この式で、fmおよびfypHの関数なので、Kf’’はpHによって変化します。
条件生成定数(Kf'')pHの関係を-に示します。また、pHを変化させたときの滴定曲線の様子を-に示します
(*2)
(*2) -5は図-2に示したエクセルシートから、What-If分析のデータテーブル機能を用いて作成した。   

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2024-05-12-fig4

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2024-05-12-fig5

滴定精度を向上させるためにはKf’’が大きくなるpHを選ぶ必要があります。EDTAによってCa2+を滴定するときの最適pH1013程度であることが分かります。