前回(2024-05-12)は「滴定曲線の式」を導いてカルシウム(II)-EDTA滴定の滴定曲線を描く方法について考えました。今回はエクセルの「ソルバー」を利用してより厳密な計算を行って滴定曲線を描きます。
<<Ca2+-EDTA滴定の条件>>
前回の取り扱いで、pHは常に一定と仮定しました。今回はこの条件を外し、緩衝剤としてKOHを加えて、高pH領域においてpHを一定に保つような条件を与えます。また、前回は副反応としてCaOH+の生成を考慮しましたが、今回はこれに加えてCa(OH)2の沈殿生成および酸性錯体CaHYの生成も考慮に入れます。具体的な滴定条件は次の通りです。
「Ccao=0.002 mol/LのCaCl2溶液Vm=50 mLにpH緩衝液(KOH:Cko=6.0
mol/L, Vk=2 mL)を加えて水でV=60 mLにしたあと、Cyo=0.01 mol/LのEDTA(Na2H2Y)で滴定するとき(滴下量:T mL)の滴定曲線を求める。CaOH+,
CaHY-イオンが生成すること、および場合によってCa(OH)2の沈殿が生成することを考慮する。」
<関係式>
●平衡式および平衡定数は次の通りです。
・平衡式および平衡定数
Ca2+ + Y4- ⇄ CaY2- , Kf = [CaY]/([Ca][Y])
Ca2+ + OH- ⇄ CaOH+ , βo = [CaOH]/([Ca][OH])
CaY 2- + H+ ⇄ CaHY- , Kh =
[CaHY]/([CaY][H])
Ca(OH)2(s) ⇄ Ca2++ 2OH- , Ksp = [Ca][OH]2
H4Y ⇄ H+ + H3Y- , K1 =
[H][H3Y]/[H4Y]
H3Y- ⇄ H+ + H2Y2- , K2
= [H][H2Y]/[H3Y]
H2Y2- ⇄ H+ + HY3- , K3 = [H][HY]/[H2Y]
HY3- ⇄ H+ + Y4- , K4 = [H][Y]/[HY]
H2O ⇄ H+ + OH- , Kw = [H][OH]
・用いた平衡定数値(イオン強度μ=0.1のときの値(*1))
logKf = 10.7
logβo = 1.1
logKh = 3.1
pKsp = 4.9
pK1 = 2.0
pK2 = 2.7
pK3 = 6.1
pK4 = 10.4
pKw = 13.8
(*1) 滴定時の実際のイオン強度は0.1ではないが、イオン強度による補正はしない。
●被滴定溶液(滴定途中の溶液)に関して、次のような関係が成立します。
・被滴定溶液中の全濃度:
CaCl2:Cca = CcaoVm/(V+T)
KOH:Ck = CkoVk/(V+T)
EDTA(Na2H2Y):Cy = CyoT/(V+T)
・カルシウムの物質バランス:
[Ca*] = [Ca]+[CaOH]+[CaHY]+[CaY] = [Ca’]+[CaHY]+[CaY]
[Ca’] = [Ca]+[CaOH] ([Ca’]はEDTAと反応していないCaの全濃度)
・EDTAの物質バランス:
[Y*] = [Y]+[HY]+[H2Y]+[H3Y]+[H4Y]+[CaY]+[CaHY]
・電荷バランス:
Q = [H]-[OH]+2[Ca]+[CaOH]-2[CaY]-[CaHY]-4[Y]-3[HY]-2[H2Y]-[H3Y]-[Cl]+[Na]+[K]=0
・化学種濃度:
[H] = 10-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ca] = 10-pCa (沈殿が生成しないとき)
[Ca] = Ksp/[OH]^2 (沈殿が生成するとき(*2))
[CaOH] = βo[Ca][OH]
[CaY] = Kf[Ca][Y]
[CaHY] = Kh[CaY][H]
[Y] = 10-pY
[HY] = [H][Y]/K4
[H2Y] = [H][HY]/K3
[H3Y] = [H][H2Y]/K2
[H4Y] = [H][H3Y]/K1
[Cl] = 2Cm
[Na] = 2Cy
[K] = Ck
(*2) 沈殿生成時は、Ksp=[Ca][OH]^2が成立する。沈殿平衡については今後詳細に説明する予定。
<<ソルバーによる厳密解>>
前回は条件生成定数を導入して滴定曲線(T-pCa’)の関係式を導きましたが、今回は平衡関係が複雑なのでエクセルのソルバー(2023-04-02, 2023-04-23)を用いてTに対するpCa’の値を求めます。)
<ソルバー計算>
次の3ケースに分けてソルバー計算をします。
・沈殿が生成しないときのパラメータ設定:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pY, pCa
・制約条件:
・カルシウムの物質バランス、Rca =
Cca-[Ca*] = 0
・EDTAの物質バランス、Ry = Cy-[Y*] = 0
・[Ca]の計算式:[Ca] = 10-pCa
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pY
・制約条件:Ry
= Cy-[Y*] = 0
・[Ca]の計算式:[Ca] = Ksp/[OH]2
・沈殿の生成境界におけるパラメータ設定:
・目的セル:電荷バランス、Q = 0
・変数セル:pH, pY, pCa, T
・制約条件:
・Rca = Cca-[Ca*] = 0
・Ry = Cy-[Y*] = 0
・A = [Ca][OH]2/Ksp
= 1
・[Ca]の計算式:[Ca] = 10-pCa (*3)
(*3) [Ca]=Ksp/[OH]^2としてもよい。この場合、変数セルはpH, pY, Tとし、制約条件はRy = 0およびB=[Ca*]/Cca=1とする。
<結 果>
計算結果(抜粋)を図-1に示します。また滴定曲線を図-2に示します(赤色の実線)。図-2中には前回のCaOH+の錯生成を考慮した式による場合も示しています(青色の破線)。
今回の結果、KOHを一定量加えればpHは滴定の全工程を通じて一定(13.1~13.0)に保たれることが分かりました。したがって前回のpHを一定(=13)にするという仮定は適切であることが分かります。また、KOHを添加したあと滴定の初期はCa(OH)2の沈殿が生じる結果となりました(*4)。しかし、滴定の初期を除き、両者の曲線は良く一致しています。CaOH+の生成は滴定曲線に影響を与えますが、CaHY-の生成はほとんど影響を与えないことが分かります。
(*4) 実際の滴定では、Ca(OH)2の沈殿生成を避けるため、最初に当量点に達しない程度のEDTAを加えたあとKOHを加え、さらにEDTAで滴定することを行っている(JIS K 0102)。


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