これまで述べてきたように、pHなどの滴定条件によって滴定曲線のジャンプの程度は変化します。今回はカルシウムのEDTA滴定を例にとって、与えられた滴定条件における適切な指示薬の選定について考察します。
<<Ca-EDTA滴定が定量的となる条件>>
金属イオンMをEDTAで滴定するとき、
M’ + Y’ ⇄ MY
Kf’’ = [MY]/([M’][Y’])
が成立します。
また特に、当量点においては、
[M’] = [Y’]
が成立します。
ここで、滴定が定量的に行われる条件を、「当量点において[MY’]が99.9%以上、[M’], [Y’]が0.1%以下となる」こととして、このときのKf’’の条件を求めます。
当量点における金属イオンMの全濃度をCm
mol/Lとすると、
[MY] = 0.999Cm≒Cm
[M’] = [Y’] = 0.001Cm
なので、
Kf’’ = [MY]/[M’][Y’]≒Cm/(0.001Cm)2
= 106/Cm
ここで、Cm = 0.01 mol/Lとすると、Kf’’ = 1×108
また、Cm = 0.001 mol/Lとすると、Kf’’ = 1×109
したがって、滴定が定量的に行われるためはlogKf’’が8~9以上になる必要があります。
カルシウムのKf’’とpHの関係は次のとおりです。
Kf’’ = K f×fm×fy
fm = 1/(1+βoKw/[H])
fy= 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]4/(K4K3K2K1))
エクセルを用いてKf’’とpHの関係を求めると、図-1のようになります。使用した平衡定数は次の通り(2024-05-12)。
logKf = 10.7, logβo = 1.1, pK1 = 2.0, pK2 = 2.7, pK3 =
6.1, pK4 = 10.4, pKw = 13.8
図-1
したがって、Ca-EDTA滴定が定量的に進行するためにはpHが8~9以上となる必要があります。
<<Ca-EDTA滴定に適切な金属指示薬>>
Ccao=0.01 mol/LのCa2+イオンを含む溶液Vm=20 mLにpH緩衝液を加えてV=50 mLにしたあと、Cyo =0.01 mol/LのEDTAで滴定する場合を考えます。
金属指示薬として、エリオクロムブラックT(EBT)および2-ヒドロキシ-1-(2'-ヒドロキシ-4'-スルホ-1'-ナフタレニルアゾ)-3-ナフタレンカルボン酸(NN)について検討します。
<EBT指示薬>
EBTがMgのEDTA滴定の指示薬として適切であることは前回説明しました(2024-06-02)。今回はCaのEDTA滴定にEBTが適切かどうか検討します。
EBT(H3Tと略す)は酸としての性質を持ち、酸解離定数は次のとおりです。
Kt2 = [H][HT]/[H2T], pKt2
= 6.3
Kt3 = [H][T]/[HT], pK t3 = 11.6
また、EBTとカルシウムの錯生成定数は、
Kft = [MgT]/([Mg][T]), logKft = 5.4
その他の平衡定数については、図-1で用いた値を用います。
これらのデータを用いて、EBTを用いることの可否を調べます。
滴定の当量点におけるCa’濃度は、
[Ca’]eq
= √([MY]eq/Kf’’)
≒ √(Cca/Kf’’)
EBTの変色率をφ= [T’]/([MgT]+[T’])として、φ=0.5つまり[MgT]=[T’]のときを終点とすると、終点のCa’濃度は、
[Ca’]end = 1/Kft’’
滴定誤差Eは、
ΔCa’ = pCa’end-pCa’eq
として、
E = (10ΔpCa‘-10-ΔpCa’)/√(CcaKf’’)
で与えられます。
また、Kf’’およびKft’’は
fca = 1/(1+βo[OH]) = 1/(1+βoKw/[H])
fy = 1/(1+[H]/K4+[H]2/(K4K3)+[H]3/(K4K3K2)+[H]2/(K4K3K2K1))
ft = 1/(1+[H]/Kt3+[H]2/(Kt3Kt2))
として、
Kf’’= Kf×fca×fy
Kft’’= Kft×fca×ft
で与えられるので、これらの関係式からエクセルを用いてpH8~14に対する[Ca’]eq,, [Ca’]endおよびEの値を求めることができます(図-2, 図-3)。
EBTの場合、図-2, 図-3から分かるように精度良く滴定できるのはpH12付近です(E%=-0.2%)。しかし前回(2024-06-02)述べたように、pH12付近においては遊離のEBTの色は(橙)であり、Ca-EBT(赤)から遊離EBT(橙)への変色はあまり鮮明ではありません。
また、pH10付近ではCa-EBT(赤)から遊離EBT(青)の色調変化は鮮明なのですが、この付近では精度よい滴定は期待できません(pH10でE%=-6%)。したがってカルシウムの指示薬としてEBTを用いるのは不適です(*1)。
(*1) もし、ここでMg2+が存在すると、EBTの使用が可能となるが、このことは次回説明する。
<NN指示薬>
NN指示薬(H4Nと略す)の妥当性について検討します。NNの構造を図-4に示し、pHと化学種の分率の関係を図-5示します。
図-4

図-5

H2N2-(ピンク色) ⇄ HN3-(青色) ⇄ N4-(淡いピンク色)
NNの平衡定数は次のとおりです。
・酸解離定数:
Kn3 = [H][HN]/[H2N], pKn3
= 9.2
Kn4 = [H][N]/[HN], pKn4 = 13.6
・カルシウムとの錯生成定数(Kn):錯体の色はピンク色
Kn = [CaN]/([Ca][N]), logKt = 5.8
他の平衡定数についてはEBTの場合と同じ。
関係式は次の通り。
当量点:
[Ca’]eq = √(Cca/Kf’’) = √(Cca/(Kffcafy))
終点:φ=0.5として、
[Ca’]end = 1/Kn’’
= 1/(Knfcafn)
ここで、
fca = 1/(1+βo[OH]) = 1/(1+βoKw/[H])
fn = 1/(1+[H]/Kn4+[H]2/(Kn4Kn3))
滴定誤差:
E=(10ΔpCa‘-10-ΔpCa’)/√(CcaKf’’)
ここで、
ΔpCa’ = [Ca’]end-[Ca’]eq
pH8~14に対する[Ca’]eq,
[Ca’]endおよびEの値をエクセルで求めた結果を図-6, 図-7に示します。
図-6, 図-7から明らかなように、指示薬としてNNを用いると、pH13付近で精度良く滴定できることが分かります(*2)。色の変化は(ピンク)→<(紫)>→(青)で、色調の変化は鮮明です。pH13において0.01 mol/LのCaを0.01 mol/LのEDTAで滴定するとき、φ=0.5の点(紫色)では負の誤差が少し大きいので(E%=-0.8%)、この点を終点とするよりもピンク色が完全に消えて純粋に青色になった点(たとえばφ=0.85)を終点とすれば滴定誤差は小さくなります(E%=-0.08%)。
(*2) もしMgが含まれていても、pH13においてはMg(OH)2として沈殿するので、Caの滴定を妨害しない。
また、上記の滴定条件(pH=13)における滴定曲線を図-8に示します。NNの変色率φ=0.8, 0.5および0.2のとき、つまり(pMend+0.6), pMendおよび(pMend-0.6)の値と変色の模式的様子を図中に挿入しています。






コメント