EDTA滴定の重要な応用分野として水の硬度測定があります。水の硬度を求めるためには、CaおよびMgの定量が必要です。今回はEDTA滴定によるCa, Mgの分別定量について考察します。
水試料中のCa, Mgの定量法としてJISに採用されている方法を調べます。JIS K-0101, -0102には、Caの定量としてNNを指示薬としてpH13においてEDTAで滴定する方法が用いられています。またMgの定量法としては、EBTを指示薬としてpH10においてEDTA滴定を行ってCa+Mgの合量を求め、Caを差し引いてMgを求める方法が採用されています。 これらの方法について検証します。
<<カルシウムの定量法>>
前回(2024-06-09)述べたように、CaはNN指示薬を用いると、pH13付近で精度良く滴定できます。試料中にMgが共存しても、pH13付近ではMgはMg(OH)2として沈殿し、Caの滴定には妨害を与えません(*1)。
(*1) 多量のMgを含む場合は、Mg(OH)2の沈殿にCaの一部が吸着されるため、カルシウムの定量値は一般に低値となる傾向がある。このような場合、当量よりやや少ないEDTAを加えてCa-EDTA錯体を作った後、pHを13にして滴定を行うと沈殿への吸着が減少する。また、他の重金属イオンが含まれる場合は滴定に妨害を与えるが、シアン化物等でマスキングすることで妨害を防止できる。
<<マグネシウムの定量法>>
これまで述べたように(2024-05-19, 2024-05-26)、MgはpH10で滴定可能です。しかし、Ca, MgとEDTAとの錯生成定数(Kfc,
Kfm)は、logKfc=10.7, logKfm=8.7と接近しているので、両者を含む試料をpH10で滴定すると、原理的にCa+Mgの合量が滴定されることになります。したがってMgの定量はCa+Mgの合量からCa量を差し引いて求めることになります。
Mgの滴定にEBT指示薬の使用は適切ですが、Caの場合、EBT指示薬の使用は不適切であることが分かりました(2024-06-09)。それではCaとMgが共存するとき、EBT指示薬の使用が可能かどうか考えます。
EBTは、たとえばpH10においてHT2-(青)が主な化学種となります。M(=Ca, Mg)を含む溶液に微量のEBTを加えると錯体(MT)(赤)が生成し、溶液が赤く着色します。
M2+ + HT2-(青) ⇄ H+ +
MT-(赤)
ここにEDTAが加えられると、M2++Y4-→MY2- の反応が進行します。このとき、[M]>[Y]の時点では溶液中にはM, MYと微量のMTが存在しますが、当量点([M]=[Y])になると遊離のEDTAが増加して、MTと置換反応を起こし、溶液が(赤)から(青)に変色します。
MT-(赤) + H+
+ Y4- → MY2-
+ HT2-(青)
Ca, Mgの混合溶液の場合、Ca, MgとEBTとの錯生成定数(Ktc, Ktm)は、logKtc=5.4,
logKtm=7.0 です。Ktm>KtcかつKfm<Kfcなので、当量点前はEBTの大部分がMgTになっており、当量点でMgTが遊離のEDTAと反応してMgYとなって、溶液が(赤)(=MgT)から (青)(=HT)に変色する、と定性的に説明することができます。
MgT-(赤) + H+
+ Y4-(無色) → Mg2-(無色) + HT2-(青)
このことを確認するため、エクセル-ソルバーを用いてCa, Mg, EDTA, EBTの平衡について同時に解析したいと思います。
<<Ca+Mgの滴定-エクセル-ソルバーによる解析>>
具体的に次のような条件で滴定したときの滴定曲線を、ソルバーを用いて求め、当量点におけるEBTの変色率φから、金属指示薬の妥当性を検討します。
「Ccao=0.002 mol/LのCaCl2および Cmgo=0.002 mol/LのMgCl2 を含む溶液Vs=25 mLに、pH緩衝液(NH4Cl: Cao=1.5 mol/L, NH3: Cbo=8.5
mol/L), Vn=1 mLを加えて水でV=50 mLにしたあと、Cyo =0.01 mol/LのEDTAで滴定する(滴下量:T mL)。終点近くでCto=0.01
mol/LのEBT指示薬 Vt=0.1
mLを加え、赤から青になってた点を終点とする。」(JIS K 0102を参考)
<平衡定数>
用いた平衡定数は図-1中に記載した通り(*2)。
(*2)データの出典は様々でイオン強度も違うが、イオン強度の違いによる補正はしない。
<被滴定溶液の各成分の全濃度>
CaCl2: Cca = CcaoVs/(V+T)
MgCl2: Cmg = CmgoVs/(V+T)
塩化アンモニウムおよびアンモニア: Cn = (Cao+Cbo)Vn/(V+T)
EBT(NaHT): Ct = CtoVt/(V+T)
EDTA(Na2H2Y): Cy = CyoT/(V+T)
Na: Cna = 2Cy+Ct
Cl: Ccl = (2(Ccao+Cmgo)Vs+CaoVn)/(V+T)
<被滴定溶液中の各化学種濃度>
[H]=10-pH
[OH]=Kw/[H]
[Ca]=10-pCa
[CaOH]=βoc[Ca][OH]
[CaY]=Kfc[Ca][Y]
[CaHY]=Khc[CaY][Y]
[Mg]=10-pMg
[MgOH]=βom[Mg][OH]
[MgY]=Kfm[Mg][Y]
[MgHY]=Khm[Mg][HY]
[Y]= 10-pY
[HY]=[H][Y]/K4
[H2Y]=[H][HY]/K3
[H3Y]=[H][H2Y]/K2
[H4Y]=[H][H3Y]/K1
[NH3]=Cn/(1+[H]/Kn)
[NH4]=[H][NH3]/Kn
[Cl]=Ccl
[Na]=Cna
[T]=Ct/(1+[H]/Kt3+[H]2/(Kt3Kt2)+Ktc[Ca]+Ktm[Mg])
[HT]=[H][T]/Kt3
[H2T]=[H][HT]/Kt2
[CaT]=Ktc[Ca][T]
[MgT]=Ktm[Mg][T]
<電荷バランス、物質バランス>
Q≡[H]-[OH]+2[Ca]+[CaOH]-2[CaY]-[CaHY]+2[Mg]+[MgOH]-2[MgY]-[MgHY]-4[Y]-3[HY]-2[H2Y]-[H3Y]+[NH4]-[Cl]+[Na]-3[T]-2[HT]-[H2T]-[CaT]-[MgT] = 0
[Ca*]≡[Ca]+[CaOH]+[CaY]+[CaHY]+[CaT] =
Cca
[Mg*]≡[Mg]+[MgOH]+[MgY]+[MgHY]+[MgT] =
Cmg
[Y*]≡[Y]+[HY]+[H2Y]+[H3Y]+[H4Y]+[CaY]+[CaHY]+[MgY]+[MgHY]
= Cy
<ソルバーのパラメータ>
・目的セル:電荷バランス、Q = 0 (*3)
・変数セル:pH, pY, pCa, pMg
・制約条件:
・Caの物質バランス、Rca
= Cca-[Ca*] = 0
・Mgの物質バランス、Rmg = Cmg-[Mg*] = 0
・EDTAの物質バランス、Ry = Cy-[Y*] = 0
(*3) Q=Σ(電荷×化学種濃度)。対象とする化学種は24個あり、計算式を作るのが面倒であるが、SUMPRODUCT関数を用いると計算式の作成が簡単になる(電荷の列は$を付けて固定すること)。
<結 果>
ソルバーを実行して得られたエクセルシートを図-1に示します。E列を作業列にして滴下量Tの値を変えながらソルバーを実行し、H列以降にコピー&ペーストを繰り返していきました。
図-1
pH10におけるCa, Mg混合物の滴定曲線(T-pCa’, pMg’)を図-2に示します。図中にはpCaY’, pMgY’の値も示しました。図から明らかなように、EDTAとの錯生成定数が大きなCaがまずEDTAと反応し、続いてMgがEDTAと反応することが分かります。当量点(Ca+Mg)においてはMgに起因する急激な濃度変化が見られます。
図-2
また、滴下量とEBTの各化学種濃度の対数値を図-3に示します。このときEBT指示薬については、当量点前はMgとEBTの錯体であるMgT(赤)が主成分ですが、MgT(赤)は当量点で急激に遊離のHT(青)に変化することが分かります。当量点近傍においては、MgTに対してCaTは無視でき、またHTに対してTおよびH2Tは無視できます。
図-3
指示薬の変色率をφ = [T']/Ct として、滴下量とφの関係を図-4に示します(Ca:0.02 mol/L, Mg:0.02 mol/L)。図-4中の破線はCa単独(0.04 mol/L)の場合の変色率です。Ca単独では変色が緩慢ですが、Mgが存在するとCa+Mgの変色は鋭敏になることが分かります(*4)。
(*4) 終点検出の指標としてφを用いるのはあくまでも近似的であり、また図-4に示す色調の変化も模式的であることに注意してほしい。
図-4






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