ニッケルとEDTAの錯生成定数は大きいのですが、生成速度が遅いので、直接に滴定する場合は溶液を加温してゆっくり滴定する等の工夫が必要です。今回は、Cu-PANを指示薬に用いて、Ni2+をEDTAで直接に滴定する場合について考えます。
<<Cu-PANとは>>
PAN(1-ピリジルアゾ-2-ナフトール(=HPn))は次の構造を持つアゾ色素で、有機溶媒によく溶けます。またPANは2価の酸(H2Pn+⇄HPn⇄Pn-)と考えられ、弱酸性~弱塩基性では黄色を呈します。
PANとCu-EDTAの混合物はCu-PAN(=CuPn)と呼ばれ、有機溶媒に溶けて赤紫色を呈します。金属イオン(たとえばNi2+)を含む水溶液にごく少量のCu-EDTAおよびPANを添加すると次の置換反応が起きます。
Ni2+ + [Cu-EDTA]2- + PAN(=HPn) ⇄ [Ni-EDTA]2- + [Cu-PAN(=CuPn)]+ + H+
この反応において、Cu-PANの錯生成定数は非常に大きく安定性が高いため、Ni-EDTAの安定性がCu-EDTAのそれより少し低くても置換反応は容易に右(→)に進み、溶液は赤紫色となります。
この溶液にEDTAを滴下していくと、EDTAはまずNi2+と反応します。
Ni2+ + EDTA4- ⇄ [Ni-EDTA]2-
EDTAとNi2+の反応が当量点に達すると、余剰のEDTAはCu-PANと反応し、Cu-PANからCu2+を奪ってPANが遊離し、溶液は黄色に変わります。この色の変化で当量点を検出することができます。
[Cu-PAN(=CuPn)]+ + EDTA4-+ H+ ⇄ [Cu-EDTA]2- + PAN(=HPn)
<<ソルバーによる滴定曲線の作成>>
具体的に以下のような条件で滴定したときの滴定曲線を、ソルバーを用いて求め、当量点におけるCu-PANの変色率φから、金属指示薬の妥当性を検討します。
「Cno=0.04 mol/LのNiCl2溶液 Vn=10 mLに、pH緩衝液(酢酸アンモニウム:Camo=0.5
mol/L, 酢酸:Caco=1.2 mol/L), Va=25
mL、Cu-PAN指示薬(PAN:Cpo=0.004 mol/L, Na2CuEDTA:Cco=0.03 mol/Lのジオキサン溶液), Vp=0.3
mLを加えて、水でV=200 mLにしたあと煮沸直前まで加熱し、直ちにCyo=0.02 mol/LのEDTA(Na2H2Y)で滴定する(滴下量:T mL)。溶液が赤から黄になった点を終点とする。」(JIS
M-8126を参考)
<平衡定数>
平衡定数は図-1に記載した通り(*1)。
(*1) これらの値は常温(25℃)での値であり、またイオン強度は様々である。実際の滴定においては、Ni-EDTAの生成反応の速度は遅いので、加温して反応速度を早くする必要がある。高温での反応の解析にこのような常温での平衡定数を用いるのは適切ではなく、得られた結果は概略値に過ぎないと考えるべきである。
<関係式>
ニッケル:Cn = CnoVn/(V+T)
EDTA:Cy = (CyoT+CcVc)/(V+T)
アンモニア:Cam = CamoVa/(V+T)
酢酸:Cac = (Camo+Caco)Va/(V+T)
銅:Cc = CcoVc/(V+T)
PAN:Cp = CpoVc/(V+T)
ナトリウム:Cna = 2Cy
塩素:Ccl = 2Cn
[Ni’] = [Ni]+Σ[Ni(OH)p]+Σ[Ni(NH3)q]+[NiPn] (p=1~3, q=1~6)
[Y’] = Σ[HkY] (k=0~4)
[Cu’] = [Cu]+Σ[Zn(OH)i]+Σ[Cu(NH3)j]+[CuPn] (i=1~4, j=1~4)
[Pn’] = [Pn]+[HPn]+[H2Pn]
[Ni*] = [Ni’]+[NiY]+[NiHY]
[Y*] = [Y’]+[NiY]+[NiHY]+[CuY]+[CuHY]+[Cu(OH)Y]
[NH3*] = Σq[Ni(NH3)q]+Σj[Cu(NH3)j]+[NH3]+[NH4]
[Cu*] = [Cu’]+[CuY]+[CuHY]+[Cu(OH)Y]
[Pn*] = [Pn’]+[NiPn]+[CuPn]
Q = Σ(電荷×化学種濃度)
各化学種濃度の関係式は図-1に記載された通り(E列の計算式)。
<ソルバーのパラメータ>
目的セル:Q = 0
変数セル:pH, pNi, pY, pNH3,
pCu, pPn
制約条件:
Rn = Cn-[Ni*]
Ry = Cy-[Y*]
Ram = Cam-[NH3*]
Rc = Cc-[Cu*]
Rp = Cp-[Pn*]
<結 果>
ソルバーのやり方はこれまでと同じです。E列を作業列にして滴下量Tの値を変えながらソルバーを実行し、右方の列へ数値の「コピー&ペースト」を順次繰り返していきます。当量点付近ではTの値を小さく刻みました。得られたエクセルシートを図-1に示します。
また、PANに関する化学種の当量点付近における濃度変化を図-2に示します(pH≒4)。当量点前の主要な化学種はCuPn+(赤紫)であり、当量点直前で[CuPn]=[HPn]となり、当量点ではHPn(黄)が主な化学種となることが分かります。
滴下量と指示薬の変色率(φ=[Pn']/Cp)との関係を図-3に示します。当量点における変色率は計算上φ=0.88です。また変色は鋭敏に進むと言えます。しかし、実際の滴定は高温で行われるので、常温での平衡定数を用いたこれらの計算は非常に蓋然的と言えるでしょう。
ニッケルとEDTAの滴定曲線(滴下量-pNi’, at pH≒4)を図-4に示します。








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