ニッケルとEDTAの錯生成反応は生成速度が遅いので、直接滴定をする場合は、溶液を加温してゆっくり滴定する等の工夫が必要です(2024-07-7)。今回は、EDTAを過剰に加えてNi-EDTA錯体を十分に生成させたあと、XOを指示薬として過剰のEDTAを標準Zn溶液で滴定する逆滴定法について考えます。
<<逆滴定>>
分析目的の金属イオンに過剰量のEDTAを加え、残ったEDTAを別の金属イオンで滴定することを逆滴定と言います。逆滴定が必要となるのは次のような場合です。
(1) 目的の金属イオンとEDTAの反応速度が遅い。
(2) 目的の金属イオンが水酸化物として沈殿する。
(3) 目的の金属イオンに対する金属指示薬がない。
(1)については、EDTAと反応が遅い金属イオンとしては、Ni2+,
Al3+, Cr3+などが挙げられます。(2)については、たとえばPb2+を水酸化物が沈殿するpH=10で滴定をしたい場合、pHを調整する前に小過剰のEDTAを加えたのちpHを調整して逆滴定を行えば沈殿生成を防げます。補助錯化剤の使用で沈殿生成を回避できる場合もあります。(3)については、たとえばPd2+が挙げられます。また共存するイオンが指示薬をブロッキングして指示薬が使えないこともあります。
逆滴定で注意すべき点は、逆滴定に用いる金属イオンのEDTA錯体の条件生成定数が目的の金属イオンのそれよりも小さくなければならないことです。もしこれが逆になるならば、当量点において目的イオンのEDTA錯体と逆滴定に用いる金属イオンの置換がおきて終点が認められなくなります。
たとえば、pH=5.5(酢酸-酢酸アンモニウム緩衝液)におけるニッケルのEDTA滴定を考えます。pH=5.5におけるニッケルの条件生成定数を求めます。pH=5.5において、ニッケルは水酸化物錯体、アンミン錯体をほとんど作らないので、Ni-EDTA錯体の条件生成定数は、
log Kf’(Ni)≒log Kf(Ni) = 18.6
逆滴定の滴定剤として、亜鉛を考えます。
pH=5.5において、亜鉛はニッケルと同様に水酸化物錯体、アンミン錯体をほとんど作らないので、Zn-EDTA錯体の条件生成定数は、
log Kf’(Zn)≒log Kf(Zn) = 16.5
Kf’(Ni)はKf’(Zn)より十分大きいので、ニッケルのEDTA滴定においてZn2+は逆滴定の滴定剤として有効であることが分ります。pH=5.5においては亜鉛の滴定にXO指示薬を用いることができます(2024-06-30)。
<<ソルバーによる滴定曲線の作成>>
ニッケルのEDTA滴定において、過剰量のEDTAを加え、残ったEDTAを亜鉛標準溶液で滴定することを考えます(指示薬:XO)。具体的に以下のような条件で滴定したときの滴定曲線を、ソルバーを用いて求め、当量点におけるXOの変色率φから、金属指示薬の妥当性を検討します。
「Cno=0.04 mol/LのNiCl2溶液 Vn=10 mLにCyo=0.02 mol/LのEDTA(Na2H2Y)
Vy=45 mL、Cxo=0.001 mol/LのXO(Na2H4X)指示薬 Vx=0.1
mL、pH緩衝液(酢酸アンモニウム: Camo=3.3 mol/L, 酢酸: Caco=0.3
mol/L), Va=25 mLを加えて、水でV=200 mLにしたあと10分間放置する。余剰のEDTAをCzo=0.02 mol/Lの標準Zn溶液で滴定する(滴下量:T mL)。溶液が黄から赤になった点を終点とする。」(JIS
M-8126を参考)
Cnoの求め方は次の通り。
Cno = (CyoVy-CzoT)/Vn
<平衡定数>
用いた平衡定数は図-1に記載した通りです。
<関係式>
Cn = CnoVn/(V+T)
Cz = CzoT/(V+T)
Cy = CyoVz/(V+T)
Cam = CamoVa/(V+T)
Cac = (Camo+Caco)Va/(V+T)
Cx = CxoVx/(V+T)
Cna = 2(Cy+Cx)
Ccl = 2(Cn+Cz)
[Ni’] = [Ni]+Σ[Ni(OH)p]+Σ[Ni(NH3)q]+[NiX] (p=1~3, q=1~6)
[Zn’] = [Zn]+Σ[Zn(OH)i]+Σ[Zn(NH3)j]+[ZnX]+2[Zn2X]+[ZnHX]+[ZnH2X] (i=1~4, j=1~4)
[Y’] = Σ[HkY] (k=0~4)
[X’] = Σ[HmX] (m=0~6)
[Ni*] = [Ni’]+[NiY]+[NiHY]
[Zn*] = [Zn’]+[ZnY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[Y*] = [Y’]+[NiY]+[ZnY]+[ZnHY]+[ZnHY]+[Zn(OH)Y]
[NH3*] = Σq[Ni(NH3)q]+Σj[Zn(NH3)j]+[NH3]+[NH4]
[X*] = [X’]+[NiX]+[ZnX]+[Zn2X]+[ZnHX]+[ZnH2X]
Q = Σ(電荷×化学種濃度)
各化学種濃度の関係式は図-1に示す通りです(E列の計算式)。
<ソルバーのパラメータ>
目的セル:Q = 0
変数セル:pH, pNi, pZn, pY, pNH3, pX
制約条件:
Rn = Cn-[Ni*]
Rz = Cz-[Zn*]
Ry
= Cy-[Y*]
Ram = Cam-[NH3*]
Rx
= Cx-[X*]
<結 果>
ソルバーのやり方はこれまでと同じです。E列を作業列にして滴下量Tの値を変えながらソルバーを実行し、右方の列へ数値の「コピー&ペースト」を順次繰り返していきます。得られたエクセルシートを図-1に示します。
図-1




pH5.5におけるZn逆滴定の滴定曲線(Zn滴下量-pZn’)を図-2に示します。
滴下量と指示薬の変色率(φ=[X']/Cx)との関係を図-3に示します(*1)。
(*1) 終点検出の指標としてφを用いるのは近似的であり、また図-3に示す色調の変化も模式的である。
この条件の場合、当量点における変色率はφ=0.78であり、溶液の色が黄色からかすかに赤みを帯びた時点を終点とするのが適切と考えられます。また変色は非常に鋭敏であることが分かります(φ=0.8→0.2の変化:滴下量の相対的差0.1%以内)。
逆滴定法を用いれば、Zn標準溶液を準備する手間は掛かりますが、前回述べたような「溶液を加温してゆっくり滴定する」という面倒な操作時の手間を省くことができます。


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