ものが溶解したり沈殿したりという現象は、実験室のみならず、家庭や工場や自然界など様々な場所において普通に見出すことができます。沈殿生成・溶解反応は人々の目を引き、非常に興味深い現象です。また分析や分離において重要な役割を担っています。この沈殿生成・溶解反応について、Excelを利用して定量的に解明したいと思いますます。Excelの話に入る前に、沈殿-溶解平衡(以下、沈殿平衡という)の基礎的理論について、簡単に説明します。
<<溶解度、溶解度積の定義>>
たとえば、ビーカーに一定量の水を入れ、水をかき混ぜながらNaClを少しずつ添加して、溶かしていきます。加えた量がある量以上になると、もうこれ以上溶けず、どんなに撹拌してもNaClが固体として容器の底に溜まるようになります。このような状態を飽和と言い、この溶液を飽和溶液と呼びます。そして飽和溶液において溶けている物質の濃度を溶解度といいます。溶解度は底に沈んだ固体の量の多少には関係なく一定です。特に、mol/Lの単位で示したときの溶解度をモル溶解度(mol/L)といいます。今後、溶解度というときは、このモル溶解度のことを指します(*1)。
(*1)
水に対する固体の溶解度の他の定義としては、「水100 g中に含まれる無水物の質量」「飽和溶液100 g中に含まれる無水物の質量」「飽和溶液1 L中に含まれる無水物の質量」などがある。
金属イオンMに沈殿剤Lを加えて難溶性塩MaLbを生成したとき、飽和溶液中で次のような沈殿平衡が成立します(固体の活量は1)。
MaLb(固体) ⇄ MaLb(溶液) ⇄ aM^b++bL^a-
K = [M]^a[L]^b/[MaLb]
ここで、
K:飽和溶液中における平衡定数
[M]:金属イオンM^b+のモル濃度(mol/L)
[L]:配位子イオンL^a-のモル濃度(mol/L)
[MaLb]:MaLb(溶液)の濃度 (mol/L)
([M] [L]の電荷記号は省略)
MaLb(溶液)は、溶解した分子種あるいはイオン対で、MaLb(溶液)の濃度([MaLb])は、飽和溶液中では沈殿の量に関係なく同一温度において一定で、固有溶解度と呼ばれます。したがって、K[MaLb]を定数として、
Ksp = [M]^a[L]^b
という平衡定数を導入し、このKspを溶解度積と呼びます。
たとえば、AgClについては、AgCl ⇄ Ag++Cl- が成立し、その溶解度積は、
Ksp = [Ag][Cl]=10^-9.5
です(*2)。
(*2) 文献に記されている溶解度積の多くは、イオン強度μ=0における値、すなわち熱力学的溶解度積(Kspº)である。Kspºは、濃度ではなく活量を用いて表される。濃度を用いる場合は活量係数(g)による補正が必要である。AgClの場合、Kspº = Kspg Agg Cl
代表的な溶解度積の値を図-1に示します。
難溶性塩MaLbの溶解度積は、論文、教科書、辞典、データ集等の文献に記載されています。この溶解度積の値およびその他の平衡定数から、ある溶液条件における溶解度を求める方法を考えます(*3)。
(*3) 溶解度積(Ksp)の値は沈殿の生成条件(結晶形等)の違いによって大きく異なる場合が多い。以下の計算において求めた溶解度は、ある与えられたKspの値に対する溶解度として考えてほしい。また、特に断らないかぎりは活量=濃度とする。
<<単純な系の溶解度>>
最初、固有溶解度が非常に小さく、過剰な沈殿剤を含まず、酸塩基反応・錯生成反応のような副反応がない単純な系を考えます(たとえば、BaSO4を純水に溶かしたときなど)。
難溶性塩MaLbの溶解度をS(mol/L)とすると、[M]=aS、[L]=bSなので、溶解度と溶解度積の関係は、
MaLb(固体) ⇄ aM + bL
Ksp = [M]^a[L]^b =
(aS)^a×(bS)^b = a^ab^bS^(a+b) ………①
S = {(Ksp/(a^ab^b)}^(1/(a+b))
特に、a=b=1(たとえば、AgCl, BaSO4など)の場合は、①式において、[M]=S、[L]=Sなので、
Ksp = [M][L] = S^2
S=(Ksp)^(1/2)
となります。
<<共通イオン効果>>
金属イオンMに対して、大過剰のL(濃度:CL)が存在する場合、
[M] = aS, [L] = bS+CLなので、
Ksp = [M]^a[L]^b =
(aS)^a×(bS+CL)^b ………②
ここで、bS<<CLならば、bSはCLに対して無視できるので、
Ksp = [M]^a[L]^b =
(aS)^a×CL^b
したがって、物質MaLbの溶解度Sは、次式のようになります。
S = [M]/a = {(Ksp/CL^b)^(1/a)}/a
特に、a=b=1(たとえば、AgCl, BaSO4など)の場合、②式は、
Ksp = [M][L] = S×(S+CL)
ここで、S<<CLならば、
S = Ksp/CL
となります(*4), (*5)。
したがって、Lが過剰にあると、溶解度Sは減少します。これは「共通イオン効果」と呼ばれます。
(*4) もし、a=b=1においてS<<CLが成立しない場合は、Sに関する2次方程式を解く必要がある。
S^2+CLS-Ksp
= 0
(*5) もし、Lに対してMが大過剰に存在する場合は、[M]
= aS+CM, [L] = bSなので、例えばa=b=1の場合、S=Ksp/CMとなる。
<例題1> 25℃において、(1) 純水へのBaSO4の溶解度S1、および (2) 0.01 M BaCl2へのBaSO4の溶解度S2を求めよ。pKsp=9.96とする。
(1) S1 =√(Ksp)=10^-(9.96/2)=10^-4.98=1.0×10^-5 …(答)
(2) S2<<CLと仮定すると、S2=Ksp/CL=10^-9.96/0.01=10^-7.96=1.1×10^-8, 確かにS2<<CLは成立する。
(答) S2=1.1×10^-8
<例題2> 25℃において、1×10^-5 mol/LのBaCl2溶液500 mLと9×10^-5
mol/LのNa2SO4溶液500 mLを混合したとき、BaSO4の溶解度と沈殿量を求めよ。pKsp=9.96とする。
混合した溶液1000 mLにおいて沈殿したBaSO4のモル数をP molとすると、BaおよびSO4の物質バランスは、
CBa=[Ba]+P=1×10^-5×(500/1000)=5×10^-6
CSO4=[SO4]+P=9×10^-5×(500/1000)=4.5×10^-5
両式から、Pを消去すると、
[Ba]+4×10^-5=[SO4] …(a)
BaSO4の溶解度積(Ksp=[Ba][SO4])から、
[SO4]=Ksp/[Ba] …(b)
(b)式を(a)式に代入して整理すると、
[Ba]^2+4×10^-5[Ba]-10^-9.96=0
解の公式(あるいはエクセル-ソルバー)を用いて[Ba]を求めると、
S=[Ba]=2.6×10^-6
P=1×10^-5-2.6×10^-6=2.4×10^-6
したがって、BaSO4の溶解度は、2.6×10^-6 mol/L …(答)
沈殿したBaSO4のモル質量は、 2.4×10^-6 mol …(答)
なお、<例題2>において、Na2SO4溶液の濃度を変えたときの溶解度の変化を図-2に示します(横軸は過剰に加えられたNa2SO4の濃度(CSO4-CBa)を示し、縦軸はBaSO4の溶解度を示す)。図から明らかなように、1×10^-5 mol/LのBaCl2溶液500 mLに対して4.4×10^-5 mol/LのNa2SO4溶液500 mLを混合したとき(過剰に加えられたNa2SO4の濃度が1.7×10^-5 mol/Lのとき)、BaSO4の沈殿生成が始まります。それ以下の濃度では沈殿は生成しません(つまり沈殿平衡は成立せず、[Ba]=5×10^-6 mol/Lのまま)。
<<活量の効果>>
活量Aと濃度Cの関係は、A=Cγ (γ:活量係数) なので、
MaLb塩の溶解度積は、
Ksp = [M]^a[M]^b
Kspº = ([M]γa)^a([L]γb)^b = Kspγa^aγb^b
Ksp = Kspº/(γa^aγb^b)
となります。
溶液中で共存イオンが増加すると、つまりイオン強度が大きくなると、一般にγは1より小さくなり、溶解度は大きくなります。しかし、極端にイオン強度が大きくなると、逆にγは1より大きくなり、溶解度は減少するようになります。
活量効果は、イオン強度μが極端に大きくなければ(μ≲0.3)、デバイ・ヒュッケルの式による補正が可能です(2023-03-26)。


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