二つの溶液を混合して塩を沈殿させる場合を考えます。ここでは硝酸銀溶液と塩酸の混合によってAgClを生成させる例を取りあげます。もし二溶液を互いに過不足なく当量比で混合した場合は共通イオン効果を生じないのですが、そうでない場合は、共通イオン効果によって塩の溶解度は減少し、また錯生成効果が働くと溶解度は増加する傾向に変化します。
<<AgNO3とHClの混合溶液の溶解度>>
古典的な化学的分離法として沈殿分離法があります。これは試薬を添加してある成分の大部分を沈殿させ、他の成分をほとんど溶液に残して分離する方法です。
平衡定数による計算によって溶解度を求めることにより、最適な沈殿生成の条件を知ることができます。典型的な計算例を次に示します。
<硝酸銀水溶液に過剰の塩酸を添加>
濃度Cag mol/Lの硝酸銀水溶液に添加濃度がCcl mol/L (Ccl≧Cag)となるように塩酸を添加したときの溶解度を求める。計算の煩雑さを避けるため塩酸の添加による体積の変化は無視する。また、AgClの溶解度積をpKsp = 9.5とする。AgCl(aq), AgCl2, AgCl3, AgCl4の錯生成定数をそれぞれ、logβ1 =
2.9, logβ2 = 4.7, logβ3 = 5.0, logβ4 = 5.9とし、Ag2Clの錯生成定数をlogβp=6.7とする*2)。活量係数補正は行わない。
*2) 出典:田中ら訳, リングボム著「錯形成反応-分析化学における応用-」産業図書 293 (1965)
平衡式は次の通り。
Ksp = [Ag][Cl]
β1 =
[AgCl(aq)]/([Ag][Cl])
β2 = [AgCl2]/([Ag][Cl]^2)
β3 = [AgCl3]/([Ag][Cl]^3)
β4 = [AgCl4]/([Ag][Cl]^4)
βp = [Ag2Cl]/([Ag]^2[Cl])
化学種濃度は、沈殿平衡が成立するとき、
[Ag] = Ksp/[Cl]
[AgCl(aq)] = β1[Ag][Cl]
[AgCl2 ] = β2[Ag][Cl]^2
[AgCl3] = β3[Ag][Cl]^3
[AgCl4] = β4[Ag][Cl]^4
[Ag2Cl] = βp[Ag]^2[Cl]
[H] = 10^-pH
[OH] = 10^-14/[H]
[Cl] = 10^-pCl
[NO3] = Cag
Ccl≧Cagにおいて沈殿平衡が成立するとき、溶液中の物質バランスから、
溶液中の全Ag濃度(=溶解度S)および全Cl濃度をそれぞれ[Ag’], [Cl’]とすると、
[Ag’] = [Ag]+[AgCl(aq)]+[AgCl2]+[AgCl3]+[AgCl4]+2[Ag2Cl] = S
[Cl’] = [Cl]+[AgCl(aq)]+2[AgCl2]+3[AgCl3]+4[AgCl4]+[Ag2Cl]
また、沈殿を含めた物質バランスから、沈殿生成前の全Ag量は沈殿したAg量と溶液中に残ったAg量の和なので、沈殿したAgClの物質量を溶液の体積(L)で割った値を[AgCl(s)]とすると、
Cag = [AgCl(s)]+[Ag’]
またClについても同様のことが言えるので、
Ccl = [AgCl(s)]+[Cl’]
両式から[AgCl(s)]を消去して、
Ccl-Cag = [Cl’]-[Ag’]
R = Ccl-Cag-([Cl’]-[Ag’]) = 0
の関係が成立します。
また、電荷バランスは、
[H]+[Ag]+[Ag2Cl] =
[OH]+[AgCl2]+2[AgCl3]+3[AgCl4]+[Cl]+[NO3]
Q = [H]-[OH]+[Ag]-[AgCl2]-2[AgCl3]-3[AgCl4]+[Ag2Cl]-[Cl]-[NO3] = 0
となります。
エクセルのソルバーを用いて溶解度Sを求めます。ソルバーのパラメータは次の通り。
目標セル:Q=0
制約条件:R=0
変数:pHおよびpCl
操作方法は前回(2024-08-18)と同様ですが、物質バランスおよび電荷バランスの取り扱いが異なります。
0.1 mol/Lの硝酸銀(AgNO3)に対してHClを過剰に添加したときのエクセルシートの例を図-1に示します。
図-1

添加した塩酸の濃度と溶解度の関係(logD vs logS)を図-2に示します(D=Ccl-Cag)。
0.1 mol/L硝酸銀に対して小過剰に塩酸を加えたとき(D=0.03 mol/L)、溶解度は最小(S=4×10^-7 mol/L)になることが分かります。
<塩酸溶液に過剰の硝酸銀を添加>
濃度Ccl mol/Lの塩酸溶液に添加濃度がCag mol/L (Cag≧Ccl)となるように硝酸銀を添加したときの溶解度を求める。硝酸銀の添加による体積の変化は無視する。また、用いた平衡定数は前項通り。
関係式、化学種濃度は前項の通り。
Cag≧Cclにおいて沈殿平衡が成立するとき、溶液中の物質バランスから、
溶液中の全Ag濃度および全Cl濃度(=溶解度S)をそれぞれ[Ag’], [Cl’]とすると、
[Ag’] = [Ag]+[AgCl(aq)]+[AgCl2]+[AgCl3]+[AgCl4]+2[Ag2Cl]
[Cl’] = [Cl]+[AgCl(aq)]+2[AgCl2]+3[AgCl3]+4[AgCl4]+[Ag2Cl] = S
また、沈殿を含めた物質バランスから、沈殿生成前の全Ag量は沈殿したAg量と溶液中に残ったAg量の和なので、沈殿したAgClの物質量を溶液の体積(L)で割った値を[AgCl(s)]とすると、
Cag = [AgCl(s)]+[Ag’]
またClについても同様のことが言えるので、
Ccl = [AgCl(s)]+[Cl’]
両式から[AgCl(s)]を消去して、
Ccl-Cag = [Cl’]-[Ag’]
R = Ccl-Cag-([Cl’]-[Ag’]) = 0
の関係が成立します。
また、電荷バランスは、前項と同様、
[H]+[Ag]+[Ag2Cl] =
[OH]+[AgCl2]+2[AgCl3]+3[AgCl4]+[Cl]+[NO3]
Q = [H]-[OH]+[Ag]-[AgCl2]-2[AgCl3]-3[AgCl4]+[Ag2Cl]-[Cl]-[NO3] = 0
となります。
エクセルのソルバーを用いて溶解度Sを求めます。ソルバーのパラメータは次の通り。
目標セル:Q=0
制約条件:R=0
変数:pHおよびpCl
操作方法は前項と同様です。
0.1 mol/LのHClに対してAgNO3を過剰に添加したときのエクセルシートの例を図-3に示します。
添加した塩酸の濃度と溶解度の関係(logD vs logS)を図-4に示します(D=Cag-Ccl)。
0.1 mol/L HClに対して小過剰にAgNO3を加えたとき(D=0.0004~0.0005 mol/L)、溶解度は最小(S=1.7×10^-6 mol/L)になることが分かります。
以上述べたように、硝酸銀と塩酸の等モル混合物に塩酸または硝酸銀を加える場合、小過剰加えると溶解度は小さくなりますが、大過剰加えると溶解度は逆に大きくなります。AgClの沈殿率を最大にするためには、加える沈殿剤を小過剰に留めるべきです。



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