PbCl2の沈殿平衡については、(2024-08-11)において取り上げましたが、しかしこのときはイオン強度による影響を考慮しませんでした。今回は、PbCl2の溶解度に対するHCl濃度の影響について、イオン強度による影響も含めて解析します。
<<Pb-Cl系の関係式>>
様々なイオン強度における平衡定数値を図-1に示します(出典:R. M. Smith and A. E. Martell,
"Critical Stability Constants")。以下、この値を用いて話を進めます。
平衡式は、
Pb2+ + Cl- ⇄ PbCl +
Pb2+ + 2Cl- ⇄ PbCl2
Pb2+ + 3Cl- ⇄ PbCl3-
Pb2+ + 4Cl- ⇄ PbCl42-
錯生成定数は、
β1 =
[PbCl]/([Pb][Cl])
β2 = [PbCl2]/([Pb][Cl]^2)
β3 = [PbCl3]/([Pb][Cl]^3)
β4 = [PbCl4]/([Pb][Cl]^4)
溶解度積は、
Ksp = [Pb][Cl]^2
水のイオン積は、
Kw = [H][OH]
溶液内の物量バランスは、
[Pb’]
= [Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4]
[Cl’] = [Cl]+[PbCl]+2[PbCl2]+3[PbCl3]+4[PbCl4]
<<イオン強度の影響の評価方法>>
イオン強度が比較的大きな場合、活量係数補正にはデービス式がよく用いられます(2024-04-28)。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-kμ)
ここで、γは活量係数、zはイオンの電荷、μはイオン強度、kは定数。
したがって、
1価イオン(Cl-, PbCl+, PbCl3-,
H+, OH-)については、
logγ1=-0.5(√μ/(1+√μ)-kμ)
2価イオン(Pb2+, PbCl42-)については、
logγ2=4logγ1
無電荷種(PbCl2)については、
logγ0=0
したがって、PbCl2の溶解度に関する各平衡定数は、
β1 = [PbCl]/([Pb][Cl]) = β1o/(γ1/(γ2γ1)) = β1oγ1^4
β2 = [PbCl2]/([Pb][Cl]^2)
= β2o/(γ0/(γ2γ1^2)) = β2oγ1^6
β3 = [PbCl3]/([Pb][Cl]^3)
= β3o/(γ1/(γ2γ1^3)) = β3oγ1^6
β4 = [PbCl4]/([Pb][Cl]^4)
= β4o/(γ2/(γ2γ1^4)) = β4oγ1^4
Ksp = [Pb][Cl]^2 = Kspo/(γ2γ1^2) = Kspo/γ1^6
Kw = [H][OH] = Kwo/(γ1γ1) = Kwo/γ1^2
となります。
logγが次のようなモデル式で表されるものとします。
logγ = -0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)-kμ)
各平衡定数について、最小二乗法により、実測値のlogβ(exp)(図-1)とモデル式のlogγを用いて求めたlogβ(cal)の偏差平方和(∑E^2)が最も小さくなるようなkの値をエクセルのソルバーによって求めます。
E = logβ(cal)-logβ(exp)
∑E^2 = ∑(logβ(cal)-logβ(exp))^2
目的セル:偏差平方和(∑E^2) (目標値:最小値)
変数セル:k
β1, β2, β3, β4, Ksp,
Kwに関して、求めたkを図-2に示します。k=0.14~0.28となり、ほぼ0.2に近い値となりました。したがって、ここではすべての平衡定数についてk=0.2を採用することとしました(*1)。
(*1)もちろん、個々に求めたkの値を用いて計算することも可能であり、推定精度も上がると思われる。
<<HCl溶液に対するPbCl2の溶解度>>
0~4 mol/L塩酸溶液に対するPbCl2の溶解度(S)を求めます。
PbCl2の溶解度(S)は次式で与えられます。
S = [Pb’] = [Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4]
化学種濃度は
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Pb] = Ksp/[Cl]^2
[PbCl] = β1[Pb][Cl]
[PbCl2] = β2[Pb][Cl]^2
[PbCl3] = β3[Pb][Cl]^3
[PbCl4] = β4[Pb][Cl]^4
[Cl] = 10^-pCl
電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Pb]+[PbCl]-[PbCl3]-2[PbCl4]-[Cl]
塩素の物質バランスについて、溶液中の全塩素濃度[Cl’]は、
[Cl’] = [Cl]+[PbCl]+2[PbCl2]+3[PbCl3]+4[PbCl4]
塩酸溶液におけるPbCl2飽和溶液中の全塩素量は、塩酸からの塩素量と飽和したPbCl2からの塩素量の和となるので、
[Cl’] = Ccl+2[Pb’]
与件として塩酸濃度(Ccl)を与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、PbCl2の溶解度[Pb’](=S)を求めます。
目的セル:電荷バランス、Q = 0
変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])
制約条件:
R1
= [Cl’]-(Ccl+2[Pb’]) = 0
R2 = μcal-μo = 0
Ccl=0~4 mol/Lにおける計算結果(抜粋)を図-3に示します。また、塩酸濃度(Ccl)とPbCl2の溶解度(S)の関係を図-4に示します(なお、図-4には活量係数補正をしない場合も併記しています)。
PbCl2は溶解性がかなりあり、水や希薄な塩酸溶液に対しても溶解度はイオン強度の影響を大きく受けます。イオン強度の影響を考慮しない場合、純水(Ccl=0)に対する溶解度は0.029 mol/Lですが、イオン強度の影響を考慮すると純水に対する溶解度は0.039 mol/Lとなります。この値は実測値(=0.0385 mol/L)とよく一致しています(*2)。このときイオン強度は0.078で、これはほぼPbCl2自身に起因しています。
(*2)なお、PbCl2の溶解度は温度が上がると大きくなる。たとえば80℃では、0.092 mol/L, 100℃では0.12 mol/Lとなる。
<<Pb(NO3)2溶液にHClを添加したときのPbCl2の沈殿率>>
たとえば、Cpb = 0.05 mol/LのPb(NO3)2溶液に濃度がCcl = 0.1~1 mol/Lとなるように塩酸を加えた場合を考えます。このとき塩酸の添加や沈殿の生成によって溶液の体積は変化しないものとします。このときの溶解度と沈殿率を計算します。計算のやり方は塩酸溶液に対する前項の溶解度の場合(図-3)とほぼ同様ですが、0.05 mol/LのPb(NO3)2溶液に塩酸が加えられ、飽和溶液では余剰のPbCl2は沈殿している点で物質バランスの扱いが異なります。
沈殿したPbCl2の物質量を溶液の体積(L)で割った値を[PbCl2(s)]とすると
[Pb’] = Cpb-[PbCl2(s)]
[Cl’] = Ccl-2[PbCl2(s)]
両式から[PbCl2(s)]を消去すると、
2[Pb’]-[Cl’] = 2Cpb-Ccl
R1= 2(Cpb-[Pb’])-( Ccl-[Cl’]) = 0
また、電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Pb]+[PbCl]-[PbCl3]-2[PbCl4]-[Cl]-[NO3]
与件としてCp = 0.05 mol/L、塩酸濃度(Ccl
= 0.1~1 mol/L)を与え、次のパラメータ設定を行い、pH, pCl, μoに適切な初期値を与えてソルバーを実行し、PbCl2の溶解度[Pb’](=S)を求めます。
目的セル:電荷バランス、Q = 0
変数セル:pH, pCl, μo (pCl=-log[Cl])
制約条件:
R1 = 2(Cpb-[Pb’])-(
Ccl-[Cl’]) = 0
R2 = μcal-μo = 0
Ccl=0.1~1 mol/Lにおける計算結果を図-5に示します。例えば、Ccl=0.3 mol/Lにおける沈殿率は79.7%となりました。







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