(III)OH単核錯体・多核錯体、NO3錯体の生成やイオン強度の影響を考慮して、硝酸鉄(III)溶液に酸(HNO3)または塩基(NaOH)を加えた場合の平衡計算を行います。   

<関係式>
Fe(OH)3の沈殿については、無定形沈殿(pKsp=38.8)を想定しました。その他の定数については前回(2024-10-27)の値を用いました。   

溶解度積
Fe(OH)3(s) Fe3+ 3OH-
 Ksp = [Fe][OH]^3   

単核OH錯体
Fe3+ OH- FeOH2+
 β1 = [FeOH]/([Fe][OH])
Fe3+
2OH- Fe(OH)2+
 β2 = [Fe(OH)2]/([Fe][OH]^2)
Fe3+
3OH- Fe(OH)3(aq)
 β3 = [Fe(OH)3]/([Fe][OH]^3)
Fe3+
4OH- Fe(OH)4-
 β4 = [Fe(OH)4]/([Fe][OH]^4)   

多核OH錯体
2Fe3+ 2OH- Fe2(OH)24+
 β22 = [Fe2(OH)2]/([Fe]^2[OH]^2)
3Fe3+
4OH- Fe3(OH)45+
 β34 = [Fe3(OH)4]/([Fe]^3[OH]^4)   

NO3錯体
Fe3+ NO3- FeNO32+
 βn = [FeNO3]/([Fe][NO3])   

<イオン強度の影響>
濃度平衡定数はイオン強度(μ)の影響を受けます。次式のような「修正デービス式」を用いて活量係数補正を行い、濃度平衡定数を求めます。
 logγ = 0.5×z^2×(√μ/(1+√μ)kμ)
(
γ:活量係数。z:イオンの電荷。k:実験値の回帰式から求めた値(2024-10-27))

したがって、各化学種に関する平衡定数およびk値は、
β1=β1oγ1^6 , k=0.166
β2=β2oγ1^10 , k=0.198
β3=β3oγ1^12 , k=0.200
β4=β4oγ1^12 , k=0.200
β22=β22oγ1^4 , k=0.318
β34=β34oγ1^6 , k=0.359
βn==βnoγ1^6 , k=0.000
Ksp=Kspo1^12
 , k=0.200
Kw=Kwo1^2
 , k=0.275
となります
(太字µ=0における平衡定数(熱力学的平衡定数))。   

<化学種濃度および溶解度>
0.1 mol/L Fe(NO3)3
水溶液に酸(HNO3)または塩基(NaOH)を加えたときの化学種濃度を、エクセルのソルバー機能を用いて求めます。酸または塩基の添加によって体積は変化しないものとします。
ソルバーの計算では、添加したNaOH濃度Cb mol/Lあるいは溶液の最終的なpHc(=log[H])を与件とし、それぞれpHcあるいは添加したNaOHの濃度を変数として値を求めます。もし計算の結果Cbが負の値となったときは-Cbを添加したHNO3濃度と考えます。   

電荷バランス:
Q = [H][OH]3[Fe]2[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]4[Fe2(OH)2]5[Fe3(OH)4]2[FeNO3][NO3][Na]   

NO3の物質バランス:
Cn = 3Cfe = [NO3
]= [FeNO3][NO3]   

Fe(III)の物質バランス:
・水酸化鉄(III)の沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3Ksp)
この場合、
Cfe = [Fe
] = [Fe][FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4][FeNO3]
が成立する。
したがって、Cfe[Fe'] = 0が成立し、この関係から[Fe]を求める。このとき、[Fe][OH]^3Kspとなることを確認すること。
・沈殿が生じる場合(Cfe[Fe'])
Cfe
[Fe'] = 0は成立しない。
この場合、Ksp = [Fe][OH]^3から[Fe]を求める。このとき、Cfe[Fe']を確認すること。   

イオン強度:
µo = µcal = ([H]
[OH]9[Fe]4[FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)4]16[Fe2(OH)2]25[Fe3(OH)4]4[FeNO3][NO3][Na])/2
1価の化学種iの活量係数:
log
γ1 = 0.5(√μ/(1+√μ)kμ)   

化学種濃度:
[H] = 10^-pHc
[OH] = Kw/[H]
[Fe] = 10^-pFe
 (沈殿が生じない場合)
または
[Fe] = Ksp/[OH]^3
 (沈殿が生じる場合)
[FeOH] =
β1[Fe][OH]
[Fe(OH)2] =
β2[Fe][OH]^2
[Fe(OH)3] =
β3[Fe][OH]^3
[Fe(OH)4] =
β4[Fe][OH]^4
[Fe2(OH)2] =
β22[Fe]^2[OH]^2
[Fe3(OH)4] =
β34[Fe]^3[OH]^4
[FeNO3] =
βn[Fe][NO3]
[Na] = Cna
 

溶解度:
沈殿が生じる場合、水酸化鉄(III)の溶解度は、
S = [Fe][FeOH][Fe(OH)2][Fe(OH)3][Fe(OH)4]2[Fe2(OH)2]3[Fe3(OH)4][FeNO3]
で与えられる。   

<ソルバー計算>
これらの関係から、エクセルのソルバー機能を用いて、各化学種濃度を求めます。
ソルバーのパラメータ設定は次の通り。
Fe(OH)3沈殿が生じない場合([Fe][OH]^3Ksp)
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:pHc, pFe, pNO3, μo
 ・制約条件Rfe = Cfe-[Fe'] = 0 
       Rn = (Cn3Cfe)[NO3] = 0
       Rµ =
μcalμo = 0   

Fe(OH)3沈殿が生じる場合(Cfe[Fe'])
 ・[Fe]=Ksp/[OH]^3
 ・目的セル:電荷バランス、Q = 0
 ・変数セル:pHc, pNO3, μo
 ・制約条件Rn = (Cn3Cfe)[NO3] = 0
       Rµ =
μcalμo = 0   

計算結果の抜粋を-に示し、pHcに対する各化学種濃度および溶解度の関係(pHclog C)-に示します。   

-
2024-11-03-fig1-1
2024-11-03-fig1-2

-
2024-11-03-fig2-1
2024-11-03-fig2-2


-から分かるように、硝酸鉄(III)水溶液に酸または塩基を加えてpHを調整するとpHc=2付近においてFe(OH)3の沈殿生成が始まり、さらにpHを上げると溶解度は減少し、pHc=8付近において溶解度は最小となります。引き続きpHを上げると、今度はFe(OH)4-アニオンの生成が増して溶解度が上昇します。