pHの異なる溶液に対する様々な金属硫化物の溶解度を求め、pHと溶解度の関係を調べます。また、硫化物の分別沈殿法の系統的定性分析への応用について考えます。   

<<様々な金属硫化物の溶解度とpHの関係>>
pHを調整した硫化水素飽和水へのCuS, PbS, CdS, ZnS, NiS, FeSおよびMnSの溶解度を求め、pHと溶解度の関係を調べます。   

硫化水素飽和溶液では[H2S]=0.1 mol/Lが成立する、とします。錯体の生成は、ヒドロキシド錯体のみを考慮しました。溶解度の計算には次式を用いました(2024-12-01)(*1)
s = 10^22×KspαM[H]^2
ここで、α= 1β1[OH]β2[OH]^2β3[OH]^3β4[OH]^4
(*1) 平衡定数は、主に宗林由樹 監訳:「ハリス分析化学[原著9]()」化学同人 (2017) ”に拠った。活量係数による補正は考慮しない。硫化水素に起因する錯体(例えば、Zn2+について言うと、Zn(HS)+, Zn(HS)2, Zn(HS)3-, Zn(HS)42-など)も生成するが、ここでは考慮しない。またもしNH3を加えればアンミン錯体も生成する。したがって、ここで求めた溶解度はおおざっぱな傾向を表しているに過ぎないと考えてほしい(特に、塩基性溶液での溶解度)

硫化水素飽和溶液における硫化物の溶解度pHの関係は、図-1の通りです。αM[OH]が非常に小さい領域(pHが低い領域)ではαM1となり、log spHに比例します(2価の金属イオンでは、傾き:-2)。   

-1 硫化物の溶解度pHの関係
試料中の金属イオンの初期濃度:10^-2 mol/L
沈殿がほぼ定量的になったときの溶解度:10^-5 mol/L
2024-12-08-fig1a

<<H2S通気時のCuSの溶解度とpHの関係-HClおよびNH3が共存する場合>>
具体的には、Cc = 0.3 mol/LHClおよびCn mol/LNH3を含む溶液にH2Sを十分に吹き込んで飽和状態にしたときのCuSの溶解度s (mol/L)求めます。硫化水素飽和溶液では、[H2S]=0.1 mol/Lが成立するものとします。
銅のヒドロキシド錯体、アンミン錯体およびクロリド錯体の生成を考慮して、用いる平衡定数は次の通りとします。硫化物錯体、活量係数による補正は考慮しません。
Ksp = [Cu][S] ,
 pKsp = 36.1
K1 = [HS][H]/[H2S] ,
 pK1 = 7.0
K2 = [S][H]/[HS] ,
 pK2 = 14.0
Kn = [NH3][H]/[NH4] ,
 pKn = 9.37
βo1 = [CuOH]/([Cu][OH]) ,  logβo1 = 6.5
βo2 = [Cu(OH)2]/([Cu][OH]^2) ,  logβo2 = 11.8
βo3 = [Cu(OH)3]/([Cu][OH]^3) ,  logβo3 = 14.5
βo4 = [Cu(OH)4]/([Cu][OH]^4) ,  logβo4 = 15.3
βn1 = [CuNH3]/([Cu][NH3]) ,  logβn1 = 4.0
βn2 = [Cu(NH3)2]/([Cu][NH3]^2) ,  logβn2 = 7.3
βn3 = [Cu(NH3)3]/([Cu][NH3]^3) ,  logβn3 = 10.1
βn4 = [Cu(NH3)4]/([Cu][NH3]^4) ,  logβn4 = 12.0
βc1 = [CuCl]/([Cu][Cl]) ,  logβc1 = 0.1   

<関係式>
物質バランス:溶解度s
s = [Cu]
[CuOH][Cu(OH)2][Cu(OH)3][Cu(OH)4][CuNH3][Cu(NH3)2][Cu(NH3)3][Cu(NH3)4][CuCl]
Cn = [CuNH3]
2[Cu(NH3)2]3[Cu(NH3)3]4[Cu(NH3)4][NH3][NH4]
Cc = [Cl]
[CuCl
電荷バランス
Q = [H]
[OH]2[Cu][CuOH][Cu(OH)3]2[Cu(OH)4]2([CuNH3][Cu(NH3)2][Cu(NH3)3][Cu(NH3)4])[CuCl][NH4]2[S][HS]
化学種濃度
[H] = 10^-pH
[OH] = 10^-14/[H]
[Cu] = Ksp/[S]
[CuOH] =
βo1[Cu][OH]
[Cu(OH)2] =
βo2[Cu][OH]^2
[Cu(OH)3] =
βo3[Cu][OH]^3
[Cu(OH)4] =
βo4[Cu][OH]^4
[CuNH3] =
βn1[Cu][NH3]
[Cu(NH3)2] =
βn2[Cu][NH3]^2
[Cu(NH3)3] =
βn3[Cu][NH3]^3
[Cu(NH3)4] =
βn4[Cu][NH3]^4
[CuCl]=
βc1[Cu][Cl]
[H2S] = 0.1
[HS] = K1[H2S]/[H]
[S] = K2[HS]/[H] = K1K2/[H]^2
[NH3] = 10^-pNH3
[NH4] = [NH3][H]/Kn
[Cl] = Cn/(1
+βc1[Cu])   

<エクセルシートの作成-ソルバーのパラメータ>
目標セル:Q=0
変数セル:pH, pNH3
制約条件:R = Cn([CuNH3]2[Cu(NH3)2]3[Cu(NH3)3]4[Cu(NH3)4][NH3][NH4]) = 0   

<結果>
Cc = 0.3 mol/LHClおよびCn mol/LNH3を含む溶液にH2Sを十分に吹き込んだときのpHCuSの溶解度s (mol/L)の関係を-(a)に示します。なお、(b)はヒドロキシド錯体のみを考慮した場合(具体的にはNaOHpHを調整した場合)(c)は錯体の生成を全く考慮しない場合を示しています。(a)についてはエクセルーソルバーを用いて解を求めました。計算の例を-に示します。また、(b), (c)については次の計算式を用いました。
(b)
  s = 10^22×KspαM[H]2, αM = 1+βo1[OH]+βo2[OH]^2+βo3[OH]^3+βo4[OH]^4
(c)  s = Ksp[H]^2/(K1K2[H2S]) =10^22×Ksp[H]^2

-
2024-12-08-fig2

-
2024-12-08-fig3

-から明らかなように、強い酸性域においては、CuSの溶解度に対してヒドロキシド錯体、アンミン錯体等の錯体の生成の影響はほとんど認められませんが、中性~塩基性域ではこれら錯体の生成の影響を大きく受けることが分かります。また、酸性から塩基性にわたる全pH域においてCuSの溶解度は小さく、Cu2+を含む溶液にH2Sを十分に通じると全pHで沈殿が生成することが分かります。   

<<系統的定性分析と溶解度>>
硫化物による沈殿分離は陽イオンの系統的定性分析によく用いられます。それぞれ0.01 mol/L程度のCu2+, Cd2+, Zn2+, Ni2+を含む試料を分析する場合について考えます。通常、第Ⅱ族の分離では、試料を0.3 mol/L HClの酸性溶液にしてH2Sを吹き込み、Cu2+, Cd2+CuS, CdSとして沈殿させます。   

また、第Ⅳ族の分離では、通常、NH3, NH4Clで塩基性にした溶液に(NH4)2Sまたはチオアセトアミドを加えて加熱し、Zn2+, Ni2+ZnS, NiSとして沈殿させたあと、沈殿に1 mol/L HClを加えてZnSを溶解するやり方が多く用いられます。別法として、酢酸酸性でZnSだけを先に沈殿させる方法もあります。   

このような系統的定性分析について、-1を見ながらいくつかコメントします。

Cu2+, Cd2+Zn2+の分別沈殿と溶解度>
-1から明らかなように、Cu2+, Cd2+0.3 mol/LHClの酸性溶液(pH0.5)から硫化物として沈殿します。   

Zn2+については、-1を見ると、pH1あるいはそれ以下で理論上ZnSが沈殿するはずですが、実際の実験ではこのpHで沈殿の生成は見られません。これはZnSが過飽和となっていて、すぐには沈殿しないためです(実際はおよそpH2以上で沈殿する)。したがって、系統的定性分析においては、Zn2+は第Ⅳ族として分離します。
このように、硫化物は過飽和溶液になりやすく、実際の溶解度は溶解度積から求めた理論的溶解度と異なることがあります
(*2)
(*2) ZnSの溶解度積は桁数が異なる値が数多く報告されている(Ksp=2125)。これは結晶形 (ZnS(β):閃亜鉛鉱、ZnS(α):ウルツ鉱)の違いや実験条件によるものと考えられる。ある高校の教科書では、ZnSの溶解度積としてKsp=2.2×10^-18(pKsp=17.7)の値を採用している。この数値は溶解度から求めているが、計算にあたって塩の加水分解を考慮していないので明らかにおかしいと思われる。   

Zn2+, Ni2+の分別沈殿と溶解度>
Ni2+ は、塩基性・常温で硫化水素を通じるとNiS(α)として沈殿しますが、NH3, NH4Clで塩基性にした溶液に(NH4)2Sまたはチオアセトアミドを加えて加熱すると、NiS(β,γ)となって沈殿します。生成した沈殿に1 mol/L HCl (pH0)を加えると、NiS(β,γ)は溶解せずに沈殿として残り、ZnSのみが溶解すると考えることができます(図-1参照)

また、図-1から酢酸酸性(pH2.3)H2Sを通じればZnSのみが沈殿し、NiS(α)は沈殿しないことが分かります。 

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ZnSNiSの沈殿平衡については、次回以降もう少し詳細に検討します。