前回(2024-12-08)、様々な金属硫化物の溶解度について調べましたが、しかしこの時は硫化物錯体については考慮しませんでした。今回は、硫化物錯体の影響を考慮してZnSの溶解度を計算します。   

<<ZnSの溶解度-Zn(HS)n錯体の影響-H2S飽和の場合>>
まず、前回(2024-12-08)用いた平衡定数に加え、Zn(HS)n錯体の生成を考慮に入れて(*1)、常に硫化水素を飽和させた溶液([H2S]=0.1 mol/L)へのZnSの溶解度を求めます(活量係数補正は行わない)
(*1) D. Rickard et al. , Reviews in Mineralogy & Geochemistry Vol. 61 (2006) “Metal Sulfide Complex and Clasters”    

用いた平衡定数は次の通りです。
Ksp = [Zn][S] , pKsp = 22.5 (ZnS(β):閃亜鉛鉱)
K1 = [HS][H]/[H2S] ,
 pK1 = 7.0
K2 = [S][H]/[HS] ,
 pK2 = 14.0
βo1 = [ZnOH]/([Zn][OH]) , logβo1 = 5.0
βo2 = [Zn(OH)2]/([Zn][OH]^2) , logβo2 = 10.2
βo3 = [Zn(OH)3]/([Zn][OH]^3) , logβo3 = 13.9
βo4 = [Zn(OH)4]/([Zn][OH]^4) , logβo4 = 15.5
βs1 = [Zn(HS)]/([Zn][HS]) , logβs1 = 6.0
βs2 = [Zn(HS)2]/([Zn][HS]^2) , logβs2 = 12.9
βs3 = [Zn(HS)3]/([Zn][HS]^3) , logβs3 = 14.9
βs4 = [Zn(HS)4]/([Zn][HS]^4) , logβs4 = 14.8 
  

溶解度sの計算式は次の通りです。
s = KspαM/[S] = KspαM[H]^2/(K1K2[H2S]) =10^22×KspαM[H]^2 …①
αM = 1+βo1
[OH]+βo2[OH]^2+βo3[OH]^3+βo4[OH]^4+βs1[HS]+βs2[HS]^2+βs3[HS]^3+βs4[HS]^4
[OH] = Kw/[H]
[H2S]=0.1 mol/L
[HS] = K1[H2S]/[H]

pHが決まれば、[OH][HS]も一義的に決まるので①式でsを求めることができます。エクセルシートによる計算例、およびpHと溶解度・化学種濃度の関係を-に示します。   

-
2024-12-15-fig1

-から分かるように、硫化物錯体(Zn(HS)+, Zn(HS)2, Zn(HS)3-, Zn(HS)42-)ZnSの溶解度に大きく影響します。pHが高くなればHS-濃度は増加します(2024-12-01)。その結果、Zn(HS)n錯体の生成が顕著となりZnSの溶解度は大きくなります。したがって、pHの高い溶液にH2Sを吹き込むとき、吹き込みの初めは全H2S濃度が低いのでZnSの沈殿が生成するのですが、H2Sを十分に吹き込んでHS-が十分高濃度になると、沈殿が溶解するようになります。H2S十分吹き込んでZnSを定量的に沈殿させたいときは、pH(つまりはHS-濃度)を適切に管理することが重要です。   

<<ZnSの溶解度-Zn(HS)n錯体の影響-全硫化物濃度一定の場合>>
前項では硫化水素飽和溶液に対するZnSの溶解度を求めました。ここでは、一定量の沈殿剤(具体的には硫化ナトリウムやチオアセトアミドなど)を加えた溶液に対するZnSの溶解度を求めます。
用いた平衡定数は前項通りです。添加した沈殿剤の全濃度をCs=0.1 mol/Lとし、ZnSの溶解度をsとすると、溶解度の算出方法は、次の通りです。   

<ソルバーによる解法>
●物質バランスは(*2)
[Zn’] = [Zn]
+Σ[Zn(OH)n]+Σ[Zn(HS)n] = s
[S’] = [H2S]
[HS][S]+Σn[Zn(HS)n] = Css …②
R = [S’]
(Css) = 0 
(*2) ZnSの溶解度をsとすると、溶液中の全亜鉛濃度[Zn]sに等しい。また、溶液中全硫化物濃度[S’]は、加えた沈殿剤(たとえばNa2S)濃度と溶けたZnSの濃度の和となる。  

●化学種濃度は、
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Zn] = Ksp/[S]
[ZnOH] =
βo1[Zn][OH]
[Zn(OH)2] =
βo2[Zn][OH]^2
[Zn(OH)3] =
βo3[Zn][OH]^3
[Zn(OH)4] =
βo4[Zn][OH]^4
[ZnHS] =
βs1[Zn][HS]
[Zn(HS)2] =
βs2[Zn][HS] ^2
[Zn(HS)3] =
βs3[Zn][HS] ^3
[Zn(HS)4] =
βs4[Zn][HS] ^4
[H2S] = 10^-pH2S (
たとえば、pH0のとき[H2S]の初期値を0.1 mol/L とする)
[HS] = [H2S]K1/[H]
[S] = [HS]K2/[H]
   

●ソルバーのパラメータは、
目的セル:R = [S
]-(Css)
変数セル:[H2S]   

pHを与えてソルバー計算した例、およびpHと溶解度・化学種濃度の関係を-に示します。    

-
2024-12-15-fig2

--を比較すると、酸性領域(pHおよそ05)ではCs=0.1 mol/Lの溶液に対するZnSの溶解度はH2Sの飽和溶液の場合と同様ですが、中性・塩基性領域(およおpH>5)では、溶解度の様子が異なります。Cs=0.1mol/L溶液の場合はH2Sの飽和溶液と異なり、中性・塩基性において溶解度の極端な上昇は見られません。これは中性・塩基性領域において、飽和状態ではpHの増加とともに[HS]が増加するのに対し、Cs一定の場合[HS]は一定となります(2024-12-01)。したがって両者の溶液中のHS-濃度の違いによりZn(HS)nの生成濃度が異なることが溶解度の違いの主因と考えられます。     

<近似式による解法>
前項において各pHごとにソルバーを用いて解を求めるのは面倒なので、いくつかの仮定を設けて②式を単純化した近似式を作り、ソルバーを用いないでも通常の表計算で溶解度を求めることができる方法を考えます。
まず、ZnSは難溶性塩であり、その溶解度は非常に小さいので、
比較的過剰量のCsが添加された場合Cs>>sとなり、②式の右辺は次のように近似できます。
(Cs
s)Cs
また、②式の左辺で、Σn[Zn(HS)n]の値は非常に小さく、[H2S][HS][S]に比べて無視できると考えられます。
これらの仮定から、
[H2S]
[HS][S] = Cs …③
が得られます(これらの仮定の妥当性は後で検証する必要がある)
したがって、③およびK1, K2から、
[S][H]^2/(K1K2)
[S][H]/K2[S] = Cs
[S](1
[H]/K2[H]^2/(K1K2)) = Cs
したがって、
[S] = Cs/(1
[H]/K2[H]^2/(K1K2))
[HS] = [S]K2/[H]
[H2S] = [HS]K1/[H]
となり、pHを与えると[OH], [Zn], [ZnOH], [Zn(OH)2], [Zn(OH)3], [Zn(OH)4], [ZnHS], [Zn(HS)2], [Zn(HS)3], [Zn(HS)4], [S], [HS], [H2S]の値がすべて一義的に決まり、溶解度は
s = [Zn]
+Σ[Zn(OH)n]+Σ[Zn(HS)n] …④
となります。求めた
ss<<Csであることを確認します。  

エクセルシートの計算例、およびpHと溶解度・化学種濃度の関係を-に示します。   

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2024-12-15-fig3

--を比較すると、近似式④の使用はpH110において妥当と言えます。   

<<ZnSの溶解度-Zn(HS)n錯体の影響-より複雑な平衡条件の場合>>
ここでは、アンモニアおよびHClを加えた平衡条件におけるZnSの溶解度を求めます。具体的には一定濃度の硫化アンモニウム(Cs=0.1 mol/L)およびアンモニア(Cn=1 mol/L)を含む溶液に強酸(HCl:Cc mol/L)を加えてpHを調整した溶液に対するZnSの溶解度を求めます。
平衡定数は、これまで用いた定数に加えて、次の定数を追加します。
Kn=[H][NH3]/[NH4], pKn=9.37
βny=[Zn][NH3]^y/[Zn(NH3)y]
 log
βn1=2.2, logβn2=4.4, logβn3=6.7, logβn4=8.7

<ソルバーによる解法>
●物質バランス:
[Zn’] = [Zn]+Σ[Zn(OH)x]+Σ[Zn(NH3)y]+Σ[Zn(HS)z] = s
[NH3’] = [NH3][NH4]+Σy[Zn(NH3)y] = Cn2Cs
[S’] = [H2S][HS][S]+Σz[Zn(HS)z] = Css   

●電荷バランス:
Q = [H]
[OH]2[Zn][ZnOH][Zn(OH)3]2Σ[Zn(NH3)y][NH4][Zn(HS)][Zn(HS)3]2[Zn(HS)4][HS]2[S][Cl]   

●化学種濃度:
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Zn] = Ksp/[S]
[Zn(OH)x] =
βox[Zn][OH]^x
[Zn(NH3)y] =
βny[Zn][NH3]^y
[NH3] = 10^-NH3
[NH4] = [H][NH3]/Kn
[Zn(HS)z] =
βsz[Zn][HS]^z
[H2S] = [H][HS]/K1
[HS] = 10^-HS
[S] = [HS]K2/[H]
[Cl] = Cc

ソルバーのパラメータ:
・目的セル:Q=0
・変数セル:Cc, pNH3, pHS
・制約条件:Rn = (Cn+2Cs)-[NH3’]
      Rs = (Css)-[S’]   

pHを与えてソルバー計算した例、およびpHと溶解度・化学種濃度の関係を-に示します。亜鉛-アンミン錯体の溶解度に対する影響はあまり大きくないことが分ります。   

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2024-12-15-fig4-1
2024-12-15-fig4-2