常温でNH3を加えて塩基性にしたNi溶液に(NH4)2Sを加えると無定形のNiS(α)が沈殿します。この沈殿を加熱・放置すると結晶性のNiS(β,γ)へ変化します。今回は、硫化物錯体の影響を考慮しつつ、硫化水素を飽和した溶液あるいはHCl, NH3および(NH4)2Sを含む溶液に対するNiSの溶解度を調べます。   

<<NiS(α)の溶解度-NiHS錯体の生成の影響-H2S飽和溶液の場合>>
NiHS錯体の生成を考慮に入れて(*1)、常に硫化水素を飽和させた溶液([H2S]=0.1 mol/L)へのNiSの溶解度を求めます。
(*1) D. Rickard et al. , Reviews in Mineralogy & Geochemistry Vol. 61 (2006) “Metal Sulfide Complex and Clasters”  ただし、ここで与えられている錯生成定数はイオン強度が高い状態(µ=0.7)で測定されたものであるが、以下の計算ではその補正をしていない。   

用いた平衡定数は次の通りです。
Ksp=[Ni][S],
 pKsp=19.4 (NiS(α):無定形)
K1=[H][HS]/[H2S],
 pK1=7.0
K2=[H][S]/[HS],
 pK2=14.0
Kn=[H][NH3]/[NH4],
 pKn=9.37
βo1=[Ni(OH)]/([Ni][OH]), log
βo1=4.1
βo2=[Ni(OH)2]/([Ni][OH]^2), logβo2=9.0
βo3=[Ni(OH)3]/([Ni][OH]^3), logβo3=12.0
βs1=[Ni(HS)]/([Ni][HS]),  logβs1=5.0
βs2=[Ni(HS)2]/([Ni][HS]2), logβs2=10.5
βs3=[Ni2(HS)]/([Ni]^2[HS]), logβs3=10.0
βs4=[Ni3(HS)]/([Ni]^3[HS]), logβs2=15.9   

化学種濃度は次の通り。
[H]=10^-pH
[OH]=10^-14/[H]
[Ni]=Ksp/[S]
[NiOH]=
βo1[Ni][OH]
[Ni(OH)2]=
βo2[Ni][OH]^2
[Ni(OH)3]=
βo3[Ni][OH]^3
[Ni(SH)]=
βs1[Ni][HS]
[Ni(HS)2]=βs2[Ni][HS]^2

[Ni2(HS)]=βs3[Ni]^2[HS]
[Ni3(HS)]=
βs4[Ni]^3[HS]
溶解度sは、
s=[Ni]
[NiOH][Ni(OH)2][Ni(OH)3][Ni(SH)][Ni(HS)2]2[Ni2(HS)]3[Ni3(HS)]
で与えられます。
[H2S]=0.1 mol/L
なので、pHが与えられると[H], [OH], [HS], [S]の値が決まり、sを求めることができます。   

計算結果の例を-に示します。また、pHと溶解度、化学種濃度の関係を-に示します。   

-1(結果の一例)
2024-12-22-fig1

-2(溶解度および化学種濃度)
2024-12-22-fig2

-から分かるように、Ni(HS)+, Ni(HS)2, Ni2(HS)3+, Ni3(HS)5+NiSの溶解度に大きく影響します。pHが低い領域(pH<3)では、Ni3(HS)5+NiSの溶解度に大きく寄与し、pHが高くなれば(pH>5)Ni(HS)2が大きく寄与してNiSの溶解度は一定となります(s10^-3 mol/L)。   


<<NiS(
γ)の溶解度-NiHS錯体の生成の影響-全硫化物濃度一定の場合>>
ここでは、一定濃度の硫化アンモニウム(Cs=0.1 mol/L)およびアンモニア(Cn=1 mol/L)を含む溶液に強酸(HCl:Cc mol/L)を加えて加熱した溶液に対するNiS(γ)の溶解度を求めます。硫化物錯体の生成を考慮します。活量係数は考慮しません。   

平衡定数は、これまで用いた定数に加えて、次の定数を追加します。
Ksp=[Ni][S], pKsp=26.6 (NiS(γ):針ニッケル鉱))
Kn=[H][NH3]/[NH4],
 pKn=9.37
βn1=[Ni(NH3)]/([Ni][NH3]), log
βo1=2.7
βn2=[Ni(NH3)2]/([Ni][NH3]^2), logβo2=4.8
βn3=[Ni(NH3)3]/([Ni][NH3]^3), logβo3=6.4
βn4=[Ni(NH3)4]/([Ni][NH3]^4), logβo4=7.5
βn5=[Ni(NH3)5]/([Ni][NH3]^5), logβo5=8.1
βn6=[Ni(NH3)6]/([Ni][NH3]^6), logβo6=8.0
<ソルバーによる解法>
●物質バランス:
[Ni’] = [Ni]
+Σ[Ni(OH)x]+Σ[Ni(NH3)y][Ni(SH)][Ni(HS)2]2[Ni2(HS)]3[Ni3(HS)] = s
[NH3’] = [NH3]
[NH4]+Σy[Ni(NH3)y
]
[S’]
= [H2S]
[HS][S][Ni(HS)]2[Ni(HS)2][Ni2(HS)][Ni3(HS)]   

●電荷バランス:
Q = [H]
[OH]2[Ni][NiOH][Ni(OH)3]2Σ[Ni(NH3)y][NH4][Ni(HS)]3[Ni2(HS)]5[Ni3(HS)][HS]2[S][Cl]   

●化学種濃度:
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ni] = Ksp/[S]
[Ni(OH)x] =
βox[Ni][OH]^x
[Ni(NH3)y] =
βny[Ni][NH3]^y
[NH3] = 10^-NH3
[NH4] = [H][NH3]/Kn
[Ni(HS)] =
βs1[Ni][HS]
[Ni(HS)2] =
βs2[Ni][HS]^2
[Ni2(HS)] =
βs3[Ni]^2[HS]
[Ni3(HS)] =
βs4[Ni]^3[HS]
[H2S] = [HS][H]/K1
[HS] = 10^-pHS
[S] = K2[HS]/[H]
[Cl] = Cc
   

●パラメータ:
・目的セル:Q=0
・変数セル:Cc, pNH3, pHS
・制約条件:Rn = (Cn2Cs)[NH3’]
・制約条件:Rs = (Css)[S’]
   

●ソルバーの手順:
pH
を与えてソルバーを実施した計算結果の例を-に示します。pHと溶解度、化学種濃度の関係を-に示します。NiS(γ)の
溶解度は全pH領域において非常に小さいことが分ります。   

-3(結果の一例)
2024-12-22-fig3-1
2024-12-22-fig3-2

-4(溶解度および化学種濃度)
2024-12-22-fig4

<<NiS(α), NiS(γ), ZnSの溶解度の比較>>
前々回(2024-12-08)でも述べたように、系統的定性分析において、第Ⅳ族の分離は、通常、NH3, NH4Clで塩基性にした溶液に(NH4)2Sまたはチオアセトアミドを加えて加熱し、Zn2+, Ni2+ZnS, NiS(γ)として沈殿させたあと、沈殿に1 mol/L HClを加えてZnSを溶解するやり方が用いられます。
NiS(γ)
およびZnS(2024-12-15)の溶解度とpHの関係について、-に示します。   

-
2024-12-22-fig5

NiS(γ)は全pH領域において溶解度は非常に小さく、一度生成した沈殿は強酸性でも溶解しません。一方ZnSは強酸性(pH=0)で沈殿が溶解することが分ります。   

別法として、常温において酢酸で酸性(pH=2.5)にしてNiS(α)を溶液に残し、ZnSだけを沈殿させる方法もあります。
NiS(α)およびZnS(2024-12-15)の溶解度とpHの関係について、-に示します。   

-6
2024-12-22-fig6

-から明らかなように、酸性(pH=2.5)においてZnSは沈殿しますが、NiS(α)は沈殿ないことが分ります。   

したがって、これらの分離方法は理にかなった方法であると言えます。