前回(2025-01-12)は、気相のCO2との平衡を無視して溶液中のCaCO3の沈殿平衡を考えました。自然界においては、大気中のCO2がCaCO3の沈殿・溶解に大きく影響します。今回は気相のCO2との平衡を考慮に入れて溶液中のCaCO3の沈殿平衡を考えます。
<<CaCO3飽和溶液-CO2(g)系平衡の関係式>>
気相のCO2(分圧, PCO2 atm)と平衡にあるCaCO3飽和溶液の平衡を考えます。この系の平衡に関与する平衡式および平衡定数(25℃, µ=0)は次の通りです。
●気液平衡:
気液平衡が成立する系においては、溶液中の無電荷のCO2濃度は通常Henryの法則によって表されます。気相のCO2は水に溶けて水和したCO2分子(CO2(aq))となり、さらに一部加水分解して炭酸(H2CO3)となります。
・CO2(gas)
⇄ CO2(aq)
・CO2(aq) + H2O
⇄ H2CO3
ここでは、CO2(aq)とH2CO3を区別せず、これら無電荷化学種の濃度の合計を、[CO2(aq)]と表すことにします(*1)。
(*1) この[CO2(aq)]は「バルク溶解度」と呼ばれることがある。
KH = [CO2(aq)]/PCO2 = 10^-1.46 …①
●酸塩基平衡:
・CO2(aq) + H2O ⇄ H+ + HCO3-
K1 = [H][HCO3]/[CO2(aq)] = 10^-6.36 …②
・HCO3- ⇄ H+
+ CO32-
K2 = [H][CO3]/[HCO3] = 10^-10.33 …③
・H2O ⇄ H+
+ OH-
Kw = [H][OH] = 10^-14.00 …④
●沈殿平衡:
・CaCO3(s) ⇄ Ca2+
+ CO32-
Ksp = [Ca][CO3] = 10^-8.48 (方解石の溶解度積(*2)) …⑤
(*2) CaCO3の結晶は結晶構造の違いにより方解石(三方晶系)とアラレ石(斜方晶系)に大別できる。通常の温度と圧力での完全な平衡状態においては、方解石がより安定的である。しかしアラレ石はしばしば生物由来の堆積物に見られ、方解石へゆっくりと変換する。ここでは方解石の溶解度積を用いて計算を行う。
●錯生成(イオン対生成)平衡:
・Ca2+ + HCO3-
⇄ CaHCO3+
βh = [CaHCO3]/([Ca][HCO3])
= 10^1.26 …⑥
・Ca2+
+ CO32- ⇄
CaCO3(aq)
βc = [CaCO3(aq)]/([Ca][CO3])
= 10^3.15 …⑦
・Ca2+
+ OH- ⇄ CaOH+
βo = [CaOH]/([Ca][OH]) = 10^1.3 …⑧
<<化学種濃度および溶解度の計算式>>
気相のCO2分圧がPCO2 atmのとき、①式から分かるように[CO2(aq)]はPCO2のみに依存します。
[CO2(aq)]=KHPCO2
この式および②, ③式から、[HCO3],
[CO3]はPCO2および[H]の関数となります。
[HCO3]=K1[CO2(aq)]/[H]
[CO3]=K2[HCO3]/[H]=K1K2[CO2(aq)]/[H]^2
また、CaCO3の飽和溶液においてはCaCO3の沈殿平衡が成立するので、⑤式から、
[Ca]=Ksp/[CO3]= Ksp[H]^2/(K1K2[CO2(aq)])
さらに、Ca2+は⑥, ⑦, ⑧式の錯生成(イオン対生成)平衡が成立するので、
[CaHCO3]=βh[Ca][HCO3]=βhKsp[H]/K2
[CaCO3(aq)]=βc[Ca][CO3]=βcKsp
[CaOH]=βo[Ca][OH]=βoKspKw[H]/(K1K2[CO2(aq)])
以上のことから、[CaCO3(aq)]はpHに依存せず常に一定であり、また[CO2(aq)]はPCO2の関数、[H], [OH], [CaHCO3]は[H]の関数、[HCO3], [CO3], [Ca], [CaOH]はPCO2および[H]の関数となります。つまり、PCO2を一定にし、酸または塩基を加えてpHを調整すれはすべての化学種濃度が一義的に決まることになります(活量係数は無視して)。
また、CaCO3の溶解度S(mol/L)は、
S = [Ca’] = [Ca]+[CaHCO3]+[CaCO3(aq)]+[CaOH]
で与えられます(*3)。
(*3) 気相のCO2との平衡を考えない場合(2025-01-12)、CaCO3の水への溶解においては物質バランス [Ca’]=[CO3’]が成立するが、気相のCO2との平衡を考える場合はCO2が大気中から溶け込んだり、大気中に放出されたりするので、[Ca’]≠[CO3’]である。
<<一定PCO2における学種濃度および溶解度とpHの関係>>
<大気(PCO2=400
μatm)の場合>
pHとPCO2によって各化学種の濃度および溶解度がどのように変化するかを調べます。
PCO2=400 μatm(大気中のCO2分圧にほぼ相当)における化学種濃度と溶解度をエクセルで計算します。計算結果の抜粋を図-1に示します。また、pHと化学種濃度・溶解度の関係図(pH-log C)を図-2に示します。PCO2=400μatmの場合、pH9くらいまではCa2+が優勢な化学種であり、およそpH10を過ぎるとCaCO3(aq)が優勢な化学種となります。CaHCO3+の寄与はほとんどありません。CaCO3(aq)はPCO2とpHに無関係なので、CaCO3(aq)が優勢な領域(pH≳10)においては、溶解度Sはほぼ一定(∼5×10^-6
mol/L)となります。
<低分圧、高分圧の場合>
同様にして、PCO2=10^-6, 0.1, 1, 100 atmにおけるpHと化学種濃度・溶解度の関係図(pH-log C)を図-3に示します。
PCO2=10^-6 atmにおいては、pH10くらいまではCa2+が優勢な化学種ですが、pH11を過ぎるとCaCO3(aq)が優勢な化学種となります。
PCO2=0.1 atmにおいては、CaHCO3+が溶解度に影響を及ぼすようになります。
PCO2=1 atmにおいては、pH6くらいまではCa2+が優勢な化学種ですが、pHがおよそ7~8ではCaHCO3+が優勢となり、pH9を過ぎるとCaCO3(aq)が優勢な化学種となります。
さらに高圧になると、CaHCO3+の寄与がしだいに大きくなります。PCO2=100 atmにおいては、pHがおよそ5~8でCaHCO3+が優勢となります。
CaCO3の溶解度は酸性領域においてCO2分圧PCO2の影響を大きく受けることが分かります(図-4)。
<<純水へのCaCO3の溶解度>>
気相のCO2(分圧, PCO2 atm)と平衡にある水へのCaCO3の溶解度を求めます。
化学種濃度は次の通りです。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ca] = Ksp/[CO3]
[CaOH] = βo[Ca][OH]
[CaCO3] = βc[Ca][CO3]
[CaHCO3] = βh[Ca][HCO3]
[CO2(aq)] = KHPco2
[HCO3] = K1[CO2(aq)]/[H]
[CO3] = K2[HCO3]/[H]
また、電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Ca]+[CaOH]+[CaHCO3]-[HCO3]-2[CO3] = 0
となります。
ソルバーのパラメータは、
目的セル:Q = 0
変数セル:pH
PCO2 = 0.0004, 0.1, 1, 10, 100 atmについて求めた水へのCaCO3の溶解度を図-5に示します。
PCO2 の増加とともにCaCO3の溶解度は増加することが分ります。またこのとき、pHは減少します。





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