前回(2025-02-16)の検討で明らかなように、炭酸塩によるCaとMgの分別沈殿において、pHおよび(NH4)2CO3の添加濃度が高くなると、場合によってはMgCO3の沈殿が生じます。また逆にこれらを低くなると、CaCO3の溶解度が大きくなり、沈殿が不完全になります。どのような条件下でMgCO3の沈殿が生成せずかつCaCO3が定量的に沈殿するかどうかを調べます。pHおよび(NH4)2CO3の添加濃度が低い方がMgCO3の溶解度は大きくなり、沈殿は生成しづらくなります。しかし同時にCaCO3の溶解度も大きくなります。どのような条件下でMgCO3の沈殿が生成せずかつCaCO3が定量的に沈殿するかどうかを調べます。
<<関係式>>
Mg(NO3)2とCa(NO3)2を含む溶液にHNO3, NH3および(NH4)2CO3を加え、CaCO3が沈殿するときの関係式は次の通りです(平衡定数の値は図-1中に記載)。
・溶解度積
MgCO3・3H2O: Kmc=[Mg][CO3]
Mg(OH)2: Kmo=[Mg][OH]^2
CaCO3: Kcc=[Ca][CO3]
Ca(OH)2: Kco=[Ca][OH]^ 2
・錯生成定数
MgCO3: βmc=[MgCO3]/([Mg][CO3])
MgHCO3: βmh=[MgHCO3]/([Mg][HCO3])
MgOH: βmo=[MgOH]/([Mg][OH])
CaCO3: βcc=[CaCO3]/([Ca][CO3])
CaHCO3: βch=[CaHCO3]/([Ca][HCO3])
CaOH: βco=[CaOH]/([Ca][OH])
・酸解離定数
HCO3/CO2(aq): K1=[H][HCO3]/[CO2(aq)]
CO3/HCO3: K2=[H][CO3]/[HCO3]
NH3/NH4: Kn=[H][NH3]/[NH4]
H2O: Kw=[H][OH]
・全添加濃度 (mol/L)
Mg(NO3)2: Cmg
Ca(NO3)2: Cca
(NH4)2CO3: Cc
HNO3: CA
NH3: CB
・物質バランス
[CO3’]=[MgCO3]+[MgHCO3]+[CaCO3]+[CaHCO3]+[CO2(aq)]+[HCO3]+[CO3]
[Mg’]=[Mg]+[MgOH]+[MgCO3]+[MgHCO3]
[Ca’]=[Ca]+[CaOH]+[CaCO3]+[CaHCO3]
R=(Cc-[CO3'])-(Cmg+Cca)+[Mg']+[Ca']=0 (*1)
(*1) 溶液1 L当たり沈殿したCaCO3, MgCO3のモル数をそれぞれ[pptca],
[pptmg]とすると、
Cc = [CO3’]+[pptca]+[pptmg]…①
Cmg
= [Mg’]+[pptmg] …②
Cca
= [Ca’]+[pptca] …③
①-(②+③)から
Cc-(Cmg+Cca)
= [CO3’]-([Mg’]+[Ca’])
∴ (Cc-[CO3'])-(Cmg+Cca)+([Mg']+[Ca']) = 0
この式は沈殿が生成しないときも成立する。
・電荷バランス
Q = [H]-[OH]+2[Mg]+[MgOH]+[MgHCO3]+2[Ca]+[CaOH]+[CaHCO3]-[HCO3]-2[CO3]+[NH4]-[NO3] = 0
・化学種濃度 (mol/L)
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Mg]=Cmg/αmg …沈殿なし
αmg=1+βmo[OH]+βmc[CO3]+βmh[HCO3]
(もし、MgCO3が沈殿する場合は、
[Mg]=Kmc/[CO3])
[MgOH] = βmo[Mg][OH]
[MgCO3] = βmc[Mg][CO3]
[MgHCO3] = βmh[Mg][HCO3]
[Ca] = Kcc/[CO3] …沈殿あり
[CaOH] = βco[Ca][OH]
[CaCO3] = βcc[Ca][CO3]
[CaHCO3] = βch[Ca][HCO3]
[CO3] = 10^-pCO3
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[CO2(aq)] = [H][HCO3]/K1
[NH3]=(2Cc+CB)/(1+[H]/Kn)
[NH4]=[H][NH3]/Kn
[NO3]=2(Cmg+Cca)+CA
・CaCO3の沈殿率
CaCO3の沈殿率(%) = (Cca-[Ca'])/Cca×100
<<MgCO3およびCaCO3の化学種濃度および溶解度>>
系統的無機定性分析を念頭に、Cmg=0.03 mol/LのMgCO3およびCca=0.03 mol/LのCaCO3を含む溶液にHNO3またはNH3を加えpHを調整したあと(NH4)2CO3を加えたときの化学種濃度および溶解度を求めます。試薬添加後のHNO3, NH3, (NH4)2CO3の濃度をそれぞれCA, CB, Cc (mol/L)とます。試薬の添加による体積変化は無視します。また活量係数は補正しません。
ソルバーの設定条件は次の通りです。
<CaCO3は沈殿するがMgCO3は沈殿しないとき>
・与件:pH, Cc
・目的セル:Q = 0
・変数セル:CA(またはCB), pCO3
・制約条件:R=(Cc-[CO3'])-(Cmg+Cca)+[Mg']+[Ca']
・[Mg]=Cmg/αmg
・[Ca] = Kcc/[CO3]
・[Mg][CO3]/Kspc≦1, [Ca']/Cca<1, [Mg][OH]^2/Kmo≦1および[Ca][OH]^2/Kco≦1であることを確認する(条件付き書式を付けるとよい)
・境界点においては、pHを変数とし、制約条件に、[Mg][CO3]/Kmc=1を追加する。
<CaCO3およびMgCO3が沈殿するとき>
・与件:pH, Cc
・目的セル:Q = 0
・変数セル:CA(またはCB), pCO3
・制約条件:R=(Cc-[CO3'])-(Cmg+Cca)+[Mg']+[Ca']
・[Mg]=Kmc/[CO3]
・[Ca] = Kcc/[CO3]
・[Mg']/Cmg<1, [Ca']/Cca<1, [Mg][OH]^2/Kmo≦1および[Ca][OH]^2/Kco≦1であることを確認する(条件付き書式を付けるとよい)
エクセルの計算式の例を図-1に示し、計算結果(抜粋)を図-2に示します。
たとえば、Cc=0.2 mol/Lの場合、MgCO3が沈殿しないpH条件は、pH<8.72。また沈殿が定量的に生成する条件を沈殿率99.9%以上とすると、CaCO3が定量的に沈殿するpH条件は、pH>7.84となります。したがって、CaCO3は定量的に沈殿するがMgCO3は沈殿しないためのpH条件はおおよそ、
7.9<pH<8.7
であればよいことになります。
また、Cc=0.1, 0.2, 0.5 mol/Lの場合について、溶解度とpHの関係を図-3に示します。
図-3から、pHおよび(NH4)2CO3の添加濃度が低い方がMgCO3の沈殿は生成しづらくなり、同時にCaCO3の溶解度は大きくなります。したがって炭酸塩によるCaとMgの分別沈殿をうまく実行するためには、pHおよび(NH4)2CO3の添加量を適切な範囲に収める必要があります。
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実際の系統的無機定性分析においては、Ⅲ族以降に加えた試薬の種類と量によって試料中に残存する酸や塩(たとえばNH4Cl)の量が異なります。V族の分析においては、これらを考慮して添加する沈殿剤((NH4)2CO3)やpH調整剤(アンモニア+酸)の量を調整する必要があります。
以上の考察は沈殿形やイオン強度などの影響を無視し、また過飽和や共沈などの影響は考えていないので、計算結果は蓋然的です。




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