これまで溶解度を求める場合、主に
25℃における平衡定数を用いて計算してきました。なぜならば、一般に平衡定数値の測定は25℃で行うことが基準であり、教科書等では25℃での値が記載されていることが多いからです。しかし、実際問題として、異なった温度における溶解度を知りたい場合もあります。今回は純水に対する炭酸カルシウムの溶解度を
例にして、溶解度に及ぼす温度の影響について調べます。
<<平衡定数式>>
気相のCO2(分圧, PCO2 atm)と平衡にあるCaCO3飽和溶液の平衡を考えます。この系の平衡に関与する平衡式は次の通りです(2025-01-19)。
●気液平衡:
・CO2(gas) ⇄ CO2(aq)
・CO2(aq)+H2O
⇄ H2CO3
KH = [CO2(aq)]/PCO2 ([CO2(aq)]+[H2CO3]を[CO2(aq)]と表す)
●酸塩基平衡:
・CO2(aq)+H2O
⇄ H++HCO3-
K1 = [H][HCO3]/[CO2(aq)]
・HCO3- ⇄ H++CO32-
K2 = [H][CO3]/[HCO3]
・H2O ⇄ H++OH-
Kw = [H][OH]
●沈殿平衡:
・CaCO3(s) ⇄ Ca2++CO32-
Ksp = [Ca][CO3]
●錯生成(イオン対生成)平衡:
・Ca2++CO32-
⇄ CaCO3(aq)
βc = [CaCO3(aq)]/([Ca][CO3])
・Ca2++HCO3- ⇄ CaHCO3+
βh = [CaHCO3]/([Ca][HCO3])
・Ca2++OH- ⇄ CaOH+
βo = [CaOH]/([Ca][OH])
<<平衡定数値の温度による影響>>
各温度におけるKH, K1,
K2, Kw, Kspの値は、次の文献に記載されている値を用いました。
・J. N. Butler, "Ionic Equilibrium: Solubility and
pH Calculations" Wiley, p. 368 (1998)
βoについては、25℃(To=298ºK)の値(pKo)を基に各温度(TtºK)における値(pKt)を次のファントホッフ(van't Hoff)の式から求めました(2023-08-27)。
pKt = pKo-ΔH(Tt-To)/(2.30RToTt)
ここでΔHは2 (kcal/mol)としました(R=1.99×10^-3 kcal/(ºK・mol))。
βc, βh,については、次の文献に記載されている式を用いました。
・L. N. Plummer and E. Busenberg, Ceochim. Cosmochim.
Acta, 1982, 46, 1011
logβc = -1228.732-0.299444T+35512.75/T+485.818logT
logβh = 1209.120+0.31294T-34765.05/T-478.782logT
10~35℃における平衡定数値を図-1に示します(イオン強度μ=0)。
<<水へのCaCO3の溶解度>>
<気相のCO2と平衡関係がある場合>
気相のCO2(分圧, PCO2 atm)と平衡にある水へのCaCO3の溶解度を求めます。
化学種濃度は次の通りです。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ca] = Ksp/[CO3]
[CaOH] = βo[Ca][OH]
[CaCO3] = βc[Ca][CO3]
[CaHCO3] = βh[Ca][HCO3]
[CO2(aq)] = KHPco2
[HCO3] = K1[CO2(aq)]/[H]
[CO3] = K2[HCO3]/[H]
物質バランスは、
[Ca’] = [Ca]+[CaCO3]+[CaHCO3]+[CaOH] (= S)
[CO3’] = [CO3]+[HCO3]+[CO2(aq)]+[CaCO3]+[CaHCO3]
CO2は気相と液相の間で出入りがあるので、[Ca’] = [CO3’]は成立しません。
また、電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Ca]+[CaOH]+[CaHCO3]-[HCO3]-2[CO3] = 0
となります。
ソルバーのパラメータは、
目的セル:Q = 0
変数セル:pH
計算結果の例を図-2に示します。
PCO2 = 10^-5, 10^-4,
10^-3.5, 10^-3 atmの場合について、温度(10℃~35℃)とCaCO3の溶解度の関係を図-3に示します。温度の上昇とともにCaCO3の溶解度は減少することが分ります。
<気相のCO2と平衡関係がない場合>
気相のCO2と平衡がない場合について、水へのCaCO3の溶解度を求めます(2025-01-12)。
化学種濃度は次の通りです。
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[Ca] = Ksp/[CO3]
[CaOH] = βo[Ca][OH]
[CaCO3] = βc[Ca][CO3]
[CaHCO3] = βh[Ca][HCO3]
[CO2(aq)] = [H][HCO3]/K1
[HCO3] = [H][CO3]/K2
[CO3] = 10^-pCO3
物質バランスは、
[Ca’] = [Ca]+[CaCO3]+[CaHCO3]+[CaOH] (= S)
[CO3’] = [CO3]+[HCO3]+[CO2(aq)]+[CaCO3]+[CaHCO3]
この場合、気相と液相の間でCO2の出入りがないので、
[Ca’] = [CO3’]
が成立します。
また、電荷バランスは、
Q = [H]-[OH]+2[Ca]+[CaOH]+[CaHCO3]-[HCO3]-2[CO3] = 0
となります。
ソルバーのパラメータは、
目的セル:Q = 0
変数セル:pH, pCO3
制約条件:R = [Ca’]-[CO3’] = 0
計算結果の例を図-4に示します。
気相のCO2と平衡がない場合(図-4)について、温度とCaCO3の溶解度の関係を図-3中に併せて示します。このとき温度の上昇とともに溶解度は増加傾向にありますが、気相のCO2との平衡がある場合と比べると溶解度は温度の影響をあまり受けないことが分ります。
なお、図-2に示すような一連のデータを用いて、[CO2(aq)]とpHの関係における温度の影響を調べました(図-5)。





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