ハロゲン化物イオン(I-,
Br-, Cl-)を含む溶液をAg+で滴定するときの理論的滴定曲線を描きます。
AgI, AgBr, AgClの溶解度積を、
Kspi = [Ag][I], pKspi = 16.08
Kspb = [Ag][Br], pKspb = 12.30
Kspc = [Ag][Cl], pKspc = 9.74
とします。これらのハロゲン化銀塩の溶解度積の大きさから推察して、ハロゲン化物イオンの濃度が極端に違わない限り、AgI→AgBr→AgClの順に沈殿すると考えられます。
<<関係式>>
溶液のpHはほぼ中性とし、銀のハロゲン化合物錯体や水酸化物錯体の生成は無視します。また、ハロゲン化合物相互の共沈現象はないものとします。
NaI, NaBrおよびNaClをそれぞれCio,
Cbo, Cco mol/L含む溶液V mLに、Cago mol/LのAgNO3を滴下することを考えます(滴下量:T mL)。また、滴定途中の被滴定溶液のI,
Br, ClおよびAgの全濃度をそれぞれCi, Cb, Cc , Cag mol/Lとすると、
Ci = CioV/(V+T)
Cb = CboV/(V+T)
Cc = CcoV/(V+T)
Cag
= CagoT/(V+T)
が成立します。
ハロゲンおよび銀の物質バランスは、
Ci = [I]+[PPTAgI] …①
Cb = [Br]+[PPTAgBr] …②
Cc = [Cl]+[PPTAgCl] …③
Cag = [Ag]+[PPTAgI]+[PPTAgBr]+[PPTAgCl] …④
ここで、[PPTAgI], [PPTAgBr], [PPTAgCl]はそれぞれのハロゲン化銀沈殿の溶液1Lあたりのモル数。
④-(①+②+③)から、
Cag-(Ci+Cb+Cc) = [Ag]-([I]+[Br]+[Cl])
つまり、
R = Cag-Ci-Cb-Cc-[Ag]+[I]+[Br]+[Cl] = 0 …⑤
が成立します。⑤式はハロゲン化銀が沈殿しない場合も成立します。
<<エクセルによる計算>>
⑤式は、[Ag]に関して2次方程式となりますが、二通りのやり方があります。一つは解の公式を用いる方法、もう一つはソルバーを用いる方法です。ここでは解の公式を用いる方法について説明します(ただし、境界点においてはソルバーを用いる)。
<AgIだけが沈殿する場合>
AgBrが沈殿し始める点(第1境界点)より前ではAgIだけが沈殿します。この場合、AgBr, AgClは沈殿しないので、
[I] = Kspi/[Ag], Cb = [Br], Cc = [Cl]
したがって、⑤式は、
Cag-Ci-[Ag]+[I] = 0
[I] =
Kspi/[Ag]を代入して[Ag]で整理すると、
[Ag]^2-(Cag-Ci)[Ag]-Kspi=0
∴ [Ag]=(Cag-Ci+√((Cag-Ci)^2+4Kspi))/2 =0
となります(制約条件は、[Ag][Br]<kspb, [Ag][Cl]<Kspc)。
<AgBrが沈殿する境界点(第1境界点)>
第1境界点におけるCagの値は、ソルバーを用いて求めます。
・[Ag]=(Cag-Ci+√((Cag-Ci)^2+4Kspi))/2
・目的セル:Kspb-[Ag][Br]=0
・変数セル:Cag
<AgIおよびAgBrが沈殿する場合>
第1境界点と第2境界点(AgClが沈殿し始める点)の間ではAgIおよびAgBrが沈殿します。この場合、AgClは沈殿しないので、
[I] = Kspi/[Ag], Cb = Kspb/[Ag], Cc
= [Cl]
したがって、⑤式は、
Cag-Ci-Cb-[Ag]+[I]+[Br] = 0
[Ag]^2-(Cag-Ci-Cb)[Ag]-Kspi-Kspb=0
∴ [Ag]=(Cag-Ci-Cb+√((Cag-Ci-Cb)^2+4(Kspi+Kspb)))/2 =0
となります(制約条件は、[Ag][Cl]<Kspc)。
<AgClが沈殿する境界点(第2境界点)>
第2境界点におけるCagの値は、ソルバーを用いて求めます。
・[Ag]=(Cag-Ci-Cb+√((Cag-Ci-Cb)^2+4(Kspi+Kspb)))/2
・目的セル:Kspc-[Ag][Cl]=0
・変数セル:Cag
<AgI, AgBrおよびAgClが沈殿する場合>
第2境界点より後ろではAgI, AgBrおよびAgClが沈殿します。この場合、
[I] = Kspi/[Ag], Cb = Kspb/[Ag], Cc
= Kspc/[Ag]
したがって、⑤式は、
Cag-Ci-Cb-Cc-[Ag]+[I]+[Br]+[Cl] = 0
[Ag]^2-(Cag-Ci-Cb-Cc)[Ag]-Kspi-Kspb-Kspc=0
∴ [Ag]=(Cag-Ci-Cb-Cc+√((Cag-Ci-Cb-Cc)^2+4(Kspi+Kspb+Kspc)))/2
=0
となります。
<<結果>>
Cio = Cbo = Cco
= 0.01 mol/L, V = 20 mL, Cago = 0.01 mol/LおよびAgNO3の滴下量をT mLとして、エクセル表を作ります。
作ったエクセル表の抜粋を図-1に示します。また、Tとlog[Ag], log[I], log[Br], log[Cl]の関係を図-2に示します(滴定曲線)。
図-2において、滴定曲線の最初の角張った第1境界点を第1終点とします。図-1の値から分かるように、第1終点は当量点(Cag=Ci)よりもほんのわずか手前ですが、その理論的誤差は無視できる程度です(-0.017%)。第2終点(第2境界点)とCag=Ci+Cbとなる点との理論的誤差は-0.14%程度です。第3終点(最後に見える変曲点)はCag=Ci+Cb+Ccに対応し、理論的誤差はありません。したがって、第1、第2、第3の終点を検出することにより、I-, Br-およびCl-の定量が可能となります。
以上は、理論的な滴定曲線についての話ですが、たとえばヨウ化銀膜電極を用いた電位差測定による実際の滴定曲線では、第1終点・第2終点において、角張った屈折点は出現せず、滑らかなカーブの曲線となります(*1)。これはハロゲン化銀の共沈現象によるものと考えられます。
(*1) 例えば、三原, 化学と教育, 39巻2号, 202-205(1991)


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