これまで、酸塩基平衡、錯生成平衡、沈殿平衡について見てきました。今回からは、酸化還元平衡について調べたいと思います。
<<酸化還元の定義>>
酸化還元の概念は、ラボアジェによって導入され、多くの変遷を経て、現在は電子の授受あるいは酸化数の増減で定義するのが一般的です(*1)。
「原子(またはその原子を含む物質)が電子を失う変化を酸化といい、原子(またはその原子を含む物質)が電子を受け取る変化を還元という」
あるいは、
「ある原子の酸化数が増加したとき、その原子(またはその原子を含む物質)は酸化されたといい、ある原子の酸化数が減少したとき、その原子(またはその原子を含む物質)は還元されたという」
(*1) 滴定の歴史(4):酸化還元滴定の発明 - 化学と歴史のネタ帳
https://omizu-water.hatenablog.com/entry/2024/01/15/180000
酸化数は次のように決められます。
(1)単体中の原子の酸化数は0。
(2)化合物中の水素原子の酸化数は+1、酸素の酸化数は-2(例外:たとえば、水素化カルシウムCaH2のHは-1, 過酸化水素H2O2のOは-1)。
(3)化合物の場合、各原子の酸化数の総和は0。
(4)単原子イオンの酸化数は電荷に等しい。
(5)多原子イオンの場合、各原子の酸化数の総和は多原子イオンの電荷に等しい。
酸化と還元は相補的で同時に起こるので、この反応は酸化還元反応と呼ばれます。反応の一般式は次のようになります。
Red1 + Ox2 ⇄ Ox1 + Red2
ここで、
Red1:ある原子1について、酸化数の低い状態の原子を含む物質(還元体1)
Ox1:ある原子1について、酸化数の状態の高い原子を含む物質(酸化体1)
Red2:ある原子2について、酸化数の低い状態の原子を含む物質(還元体2)
Ox2:ある原子2について、酸化数の高い状態の原子を含む物質(酸化体2)
また、自分が還元して相手を酸化する物質を酸化剤と言い、自分が酸化して相手を還元する物質を還元剤と言います。
<<酸化還元反応と電池>>
酸化還元滴定でよく用いられる「Ce4+とFe2+の酸化還元反応」を例にとってもう少し詳しく説明します。これを反応式で書くと、
Fe2++Ce4+ ⇄ Fe3++Ce3+
となります。
酸化還元反応およびその平衡を理解するためには、図-1に示すような電池を組み立てるとよく理解できます(図は電池が作動している状態を示す)。
電池は二つの半電池から成り、二つの半電池間は塩橋(*2)で接続され、左の半電池にはFe2+溶液、右の半電池にはCe4+ 溶液が入っており、白金電極間は導線で繋がれています。左の電極ではFe2+が酸化されてFe3+になり、放出された電子は左の電極に移り、導線を通じて右の電極に流れ、これをCe4+が受け取り還元されてCe3+になります。
(*2) 塩橋は2つの溶液を混合させないで電気的に連結するための器具で、普通は、U字管に塩類溶液(たとえば、飽和KCl溶液)を満たし、管の内部の液と外部の液が混ざらないように,管の末端を多孔質物質(たとえばゼラチンやセラミックスなど)で塞いだものが用いられる。
酸化反応が起きる極は負極(アノード)と呼ばれ、還元反応が起きる極は正極(カソード)と呼ばれます。それぞれの極でどのような反応が起きているかと言うと、
負極(アノード)では、「Fe2+は電子を失って(=酸化して)Fe3+になる」
Fe2+ → Fe3+ + e- ………①
正極(カソード)では、「Ce4+は電子を受け取って(=還元して)Ce3+になる」
Ce4+ + e- → Ce3+ ………②
の反応が起きて、両極間には電流が流れ、セル電圧(Ecell)(=端子間電圧)が生じます。
電池全体では、①+②から、
Fe2++Ce4+ → Fe3++Ce3+ ………③
が進行します。つまり、Fe2+が放出した電子(e-)をCe4+が受け取ることにより、Fe3+とCe3+が生成することを示しています。電池の放電が進むと、やがて電流は流れなくなりEcellは0となり、平衡状態に達します。
酸化還元反応が進行する前の状態を評価するため、電池内を電流が流れない条件下(抵抗が十分に大きい状態)でセル電圧(Ecell)を測定したとき、これを起電力(Eemf)といいます。
<<ネルンスト式>>
<半電池反応のネルンスト式>
一般に、次の半電池反応式
aOx + ne- ⇄ bRed
Ox:酸化体、Red:還元体
において、電極電位(E)は次式で表されます。
E = Eº-RT/(nF)×ln(aredb/aoxa)
この式をネルンスト式といいます。
ここで、
Eº=標準電極電位(または、標準酸化還元電位)
(25℃, 10^5 Pa, 化学種活量1(ared=aox=1)で、SHEを参照電極として測定された起電力)
R=気体定数 (=8.314 J/(K・mol)=8.314 V・C/(K・mol))
T=温度(K)
n=半電池反応に関与する電子の数(無次元)
F=ファラディー定数 (=9.649×10^4 C/mol)
aox, ared =化学種Ox, Redの活量
活量axと濃度[X]の間には次の関係があります。
ax=γx[X] (γxは活量係数)
したがって、濃度を用いてネルンスト式を表すと、
E = Eº-RT/(nF)×{(log(γred b/γox a)+log([Red]b/[Ox]a)}×2.303
T=298.15 Kの場合、2.303RT/F=0.0592なので、希薄な溶液(γx=1)のネルンスト式は、
E = Eº-(0.0592/n)×log([Red]b/[Ox]a))
となります。
<国際的取決め>
ここで、国際的な取決め(IUPAC)があり、各電極での反応式(半反応式)は、酸化体と電子を式の右に書き、還元体を式の左に書きます。また、EとEºは、標準水素電極電位を基準(=0 V)として、その電位差で与えられ、符号は電極の極性に一致させます。
標準水素電極電位とは、標準水素電極(NHEまたはSHE)(水素気体の圧力が1気圧で水素イオンの活量が1のとき)が持つ電位のことで、この電位を0(V)とします。Fe3+/Fe2+系の標準電極電位の測定法を図-2に示します。
したがってIUPACの規約に従えば、上記の①, ②の反応は、
Fe3+ + e- ⇄
Fe2+ ………④
Ce4+ + e- ⇄ Ce3+ ………⑤
と表記することになります。
<半電池の型>
これまで様々な半電池反応の標準電極電位が求められ、その値が便覧等に記載されています。
半電池反応について、いくつかの例を示します。ここで、純粋な固体、溶媒の水の活量は1です。また以下、温度は25℃、溶液中の化学種濃度の活量係数はすべて1とします。
(イオン/イオン)
Fe3+ + e- ⇄ Fe2+
E = Eº-0.0592log([Fe2+]/[Fe3+]) Eº=+0.771 V
(金属イオン/金属)
Ag+ +
e- ⇄ Ag(s)
E = Eº-0.0592log(1/[Ag+]) = Eº+0.0592log[Ag+] Eº=+0.799 V
(イオン/気体)
2H+
+ 2e- ⇄ H2(g)
E = Eº-(0.0592/2)log(P/[H+]2) Eº=0.000 V
P:10^5 Paに対するH2の分圧比
(気体/イオン)
Cl2(g) +
2e- ⇄ 2Cl-
E = Eº-(0.0592/2)log([Cl-]2/P) Eº=+1.360 V
P:10^5 Paに対するCl2の分圧比
(難溶性塩/金属)
AgCl(s)
+ e- ⇄ Ag(s) + Cl-
E = Eº-0.0592log[Cl-] Eº=+0.222 V
<<ネルンスト式と平衡定数>>
<全反応のネルンスト式>
例として、再び図-1の電池を考えます。
それぞれの極におけるネルンスト式は、次式で表されます(25℃)、
負極:Fe3+ + e- ⇄
Fe2+
E1 = Eº1-0.0592log([Fe2+]/[Fe3+]) E1º
= +0.771 V ………⑥
正極:Ce4+ + e- ⇄ Ce3+
E2 = Eº2-0.0592log([Ce3+]/[Ce4+]) E2º = +1.72 V ………⑦
電池全体の反応式は、
Fe2+ + Ce4+ ⇄
Fe3+ + Ce3+ ………⑧
起電力(E)はE=E2-E1で表されるので、反応全体のネルンスト式は、
E = E2-E1 = (Eº2-Eº1)-0.0592log([Fe3+][Ce3+]/([Fe2+][Ce4+]))
Eº2-Eº1 = Eº =
+0.949 V
となります。
<平衡定数>
一般に化学反応式 aA + bB ⇆ cC + dD にいおて、平衡定数(K)は、次式で与えられます。
K = [C]c[D]d/([A]a[B]b)(*3)
(*3) [ ]は正しくは活量であるが、希薄溶液の場合は濃度(mol/L)と考えてよい。
熱力学の教えるところによると、自由エネルギー変化(ΔG)は、
ΔG = ΔGº + 2.303RT logK
ここで、Rは気体定数(=8.314 J・mol-1・K-1)、Tは絶対温度(K)です。ΔGºはすべての活量が1(標準状態)のときの自由エネルギー変化であり、標準自由エネルギー変化とよばれます。自由エネルギー変化は化学反応の起きやすさを示す指標となります。
また、自由エネルギー変化と電気的エネルギーとの間には次式のような関係があります。
ΔG = -nFE
ここで、nは反応式に関与する電子の数、Fはファラディー定数(=96500 C/mol)、Eは電圧(V)です。
また、標準状態では、
ΔGº = -nFEº
となります。
以上の関係式から、
E = Eº-(0.0592/n)×log{[C]c[D]d/([A]a[B]b)}
= Eº-(0.0592/n)×log K
⑧式に対する平衡定数(K=[Fe3+][Ce3+]/(Fe2+][Ce4+]))を求めると、
平衡状態ではE=E2-E1=0なので、
0.0592log([Fe3+][Ce3+]/(Fe2+][Ce4+])-(Eº2-Eº1)=0
log K = (Eº2-Eº1)/0.0592 = (1.72-0.771)/0.0592=16.03
K = 10^16.03 = 1.1×10^16
したがって、⑧式の反応は大きく右に偏っていることが分かります。
<例題1> ネルンスト式と標準電極電位から2Cr2++Sn4+⇄2Cr3++Sn2+の平衡定数を求めよ。
2Cr2++Sn4+⇄2Cr3++Sn2+
反応式の平衡定数Kは、
K = [Cr3+]2[Sn2+]/([Cr2+]2[Sn4+])
Cr3+/Cr2+に関する半電池反応式およびネルンスト式は、
Cr3+ + e- ⇄ Cr2+
E1 = Eº1-0.0592log([Cr2+]/[Cr3+]) …(a) E1º = -0.42 V
(25℃)
Sn4+/Sn2+に関する半電池反応式およびネルンスト式は、
Sn4+ + 2e- ⇄ Sn2+
E2 = Eº2-(0.0592/2)log([Sn2+]/[Sn4+]) …(b) E2º = +0.15 V (25℃)
(a)式から、2Cr3+
+ 2e- ⇄ 2Cr2+ について、
E1 = Eº1-(0.0592/2)log([Cr2+]2/[Cr3+]2) …(a')
(このとき、Eº1はそのままであることに注意!)
(b)-(a')から、
E2-E1 = (Eº2-Eº1)-(0.0592/2)log([Sn2+][Cr3+]2/([Sn4+][Cr2+]2))
平衡状態ではE2-E1 = 0なので、
logK = 2×(Eº2-Eº1)/0.0529
= 2×0.57/0.0529 = 19.26
∴ K = 1.8×10^19
反応は大きく右に偏っていることが分かります。
また、二つの半電池反応の差を考えると、酸化還元反応でない反応の平衡定数を求めることもできます。次の例題2は、二つの半電池反応の標準電極電位から溶解度積を求めることができることを示しています。
<例題2> ネルンスト式と標準電極電位からAgClの溶解度積を求めよ。
AgCl(s) ⇄ Ag+ + Cl-
Ksp = [Ag+][Cl-]
AgCl(s) + e- ⇄
Ag(s) + Cl-
E1 = Eº1-0.0592log[Cl-] …(c) Eº=+0.222 V
Ag+ + e- ⇄ Ag(s)
E2 = Eº2-0.0592log(1/[Ag+]) …(d) Eº=+0.799 V
(d)-(c)より、
E = E2-E1 = (Eº2-Eº1)-0.0592log(1/([Ag+][Cl-]))
平衡状態ではE=0なので、
Eº2-Eº1 = 0.0592log(1/([Ag+][Cl-]))
= 0.0592log(1/Ksp)
log Ksp = -(Eº2-Eº1)/0.0592 = -9.75
∴ Ksp = 1.8×10^-10
反応は大きく左に偏り、AgClは難溶性塩であることが分ります。


コメント