前回(2025-04-27)は電極電位に及ぼすpHの影響について調べました。しかし、電極電位は錯生成反応、沈殿反応によっても影響を受けます。今回はそのいくつかの例を紹介します。   

<<錯形成反応を伴う酸化還元反応>>
錯形成反応を伴う酸化還元反応について、次の2つのパターン:
(1)
金属イオンと金属の間の酸化還元反応において、金属イオンが配位子と錯生成する場合、
(2)
酸化数の異なる金属イオンの間の酸化還元反応において、各金属イオンと配位子の間に錯生成反応が成立する場合、
を考えます。
Mn+/M系>

金属イオン(Mn+)と金属(M)の間の半電池反応を考えます(以下、活量係数はすべて1)
Mn+
ne- M
このとき、ネルンスト式は25℃で、
E = Eº
(0.0592/n)×log(1/[Mn+])
つまり、
E = Eº
(0.0592/n)×log[Mn+]  …①
ここで、
 E:電極電位(V)
 :標準電極電位(V)
 [Mn+]:金属イオン(Mn+)のモル濃度(mol/L)
となります。   

ここで、金属イオン(Mn+)が配位子(L)と錯生成する場合を考えます。たとえば、ML, ML2, ML3, … という錯体を生成し、その全生成定数をβ1, β2, β3, とします(錯体および配位子の電荷符号は省略)
β1 = [ML]/([Mn+][L])
β2 =[ML2]/([Mn+][L]2)
β3 =[ML3]/([Mn+][L]3)
…   

金属イオン(Mn+)に関する全濃度をCMとすると、
CM = [Mn+]
[ML][ML2][ML3]+…
= [Mn+](1
+β1[L]+β2[L]2+β3[L]3+…)
α= 1+β1[L]+β2[L]2+β3[L]3+… と置くと、
[Mn+] = CM/
α
この式を①式に代入して、
E = Eº
(0.0592/n)×log(CM/α)
つまり、配位子(L)が加えられ、ML, ML2, ML3…等の錯体が生成すると、Lと結合していないMn+の濃度([Mn+])が減少して、電極電位(E)は低下することが分かります(Eºは定数)。   

<実例:Ag+/Ag系に対するNH3の影響>
Mn+/M
系の酸化還元反応に対する錯生成反応の影響について、具体例で説明します。
0.001 mol/L
の硝酸銀溶液に銀電極を浸したときの半電池反応は、
Ag+
e- Ag
このときの電極電位E(25, SHE)は、ネルンスト式から、
E = Eº
0.0592log[Ag+] (Eº = +0.799 V)
= 0.799
0.0592log10^-3 = 0.7990.178= 0.621 V
(pH
は十分高く、Agの水酸化物錯体およびNH4+は無視できるものとする)。   

一方、硝酸銀にアンモニアを加えて、0.001 mol/LAgNO30.1 mol/L NH3が共存する溶液に銀電極を浸したとき、錯生成反応は、錯生成定数をβ1, β2とすると、
Ag+
NH3 AgNH3+ 
β1 = [AgNH3]/([Ag+][NH3]) = 10^3.4
Ag+
2NH3 Ag(NH3)2+ 
β2 = [Ag(NH3)2]/([Ag+][NH3]2) = 10^7.4
したがって、アンモニア([NH3] = 0.1 mol/L)が加えられた場合の[Ag+]は、
CAg = [Ag+]
[AgNH3+][Ag(NH3)2+]
= [Ag+](1
+β1[NH3]+β2[NH3]2) = [Ag+]α
ここで、1+β1[NH3]+β2[NH3]2 = αとすると、
[Ag+] = CAg/
α
α
= 110^3.4×0.110^7.4×0.1^2 = 2.51×10^5
(
同様に、Agの水酸化物錯体およびNH4+は無視)
このときの電極電位E(25, SHE)は、ネルンスト式から、
E = Eº
0.0592log[Ag+] (Eº = +0.799 V)
= Eº
0.0592log(CAg/α)
= 0.799
0.0592log(0.001/(2.51×10^5)) = +0.302 V   

0.001 mol/Lの硝酸銀溶液に0.1 mol/LNH3を共存させると、電極電位E+0.621 Vから+0.302 Vに低下しました。つまり硝酸銀にアンモニアを加えると、銀イオンは金属銀に還元されづらくなります。 

CAg=0.001 mol/Lの硝酸銀溶液にアンモニアを加えたときのE[NH3]の関係を-に示します。   

-
2025-05-04-fig1

Mp+/Mq+系>
金属イオンMp+およびMq+という酸化数の異なるイオンの間の酸化還元反応において、さらに金属イオンMp+およびMq+と配位子Lの間に錯生成反応が成立する場合を考えます(以下、活量係数はすべて1)
Mp+
ne- Mq+
このとき、ネルンスト式は25℃で、次式となります。
E = Eº
(0.0592/n)×log([Mq+]/[Mp+])  …②
また、Mp+およびMq+と配位子Lの錯体をMpL, MpL2, ; MqL, MqL2, …とし、全生成定数をβp1, βp2, ; βq1, βq2, とします(錯体および配位子の電荷符号は省略)。またMp+およびMq+に関する全濃度をCp, Cqとすると、
βp1 = [MpL]/([Mp+][L])
βp2 =[MpL2]/([Mp+][L]2)

βq1 = [MqL]/([Mq+][L])
βq2 =[MqL2]/([Mq+][L]2)

αp = 1+βp1[L]+βp2[L]2+…
αq = 1+βq1[L]+βq2[L]2+…
と置くと、
[Mp+] = Cp/
αp
[Mq+] = Cq/
αq
なので、ネルンスト式②は、
E = Eº
(0.0592/n)×log{(Cq/Cp)/(αq/αp)}
となります。この場合、錯体の生成による影響はαq/αp比によって左右されます。   

Mp+/Mq+系の酸化還元反応に対する錯生成反応の影響の例として、たとえばFe3+/Fe2+系に対するフッ化物イオンの影響があります。これについては、また後日報告したいと思います。   

<<沈殿反応を伴う酸化還元反応>>
Mn+/M系>
金属イオン(Mn+)と金属(M)の間の半電池反応を考えます(以下、活量係数はすべて1とします)
Mn+
ne- M
ネルンスト式は25℃で、
E = Eº
(0.0592/n)×log[Mn+]
ここで、金属イオンMn+に沈殿剤Xが加えられ難溶性塩MaXbが生成する場合を考えます(他の副反応は無視します)
aMn+
bX MaXb(s)
Ksp = [Mn+]a[X]b
[Mn+] = (Ksp/[X]b)1/a
したがって、ネルンスト式は、
E = Eº(0.0592/n)×log(Ksp/[X]b)1/a
なり、Eは沈殿剤Xの濃度に依存します。   

<実例:Ag+/Ag系に対するCrO42-の影響>
AgNO3
溶液にK2CrO4を加えてAg2CrO4を沈殿させ、溶液中に1.0×10^-4 mol/LCrO42-を含む溶液の電極電位を求めます。   

Ag+溶液に銀電極を浸したときの半電池反応は、
Ag+
e- Ag
E = Eº
0.0592log[Ag+] (Eº = +0.799 V)
Ag2CrO4
の溶解度積をKsp=10^-11.92とすると、
Ag2CrO4が沈殿した溶液の沈殿平衡は、
2Ag+
CrO42- Ag2CrO4
Ksp = [Ag+]2[CrO42-] = 10^-11.92
つまり、
[Ag+] = (Ksp/[CrO42-])1/2
したがって、Ag2CrO4
が沈殿して1.0×10^-4 mol/LCrO42-を含む溶液のネルンスト式は、
E = Eº
0.0592×log(Ksp/[CrO42-])1/2
このE値を計算すると、
E = Eº
(0.0592/2)log(Ksp/[CrO42-])
= Eº
(0.0592/2)(log10^-11.92log10^-4)
= 0.7990.35280.1184 = +0.565 V   

************************
前回および今回にわたって、電極電位に及ぼす酸塩基反応、錯生成反応、沈殿反応の影響について調べ、これらの反応が電極電位に強く影響を与えることが分りました。このことは、逆に言うと、酸塩基反応、錯生成反応、沈殿反応を利用すると酸化還元反応をうまくコントロールできるであろうことを示しています。