前々回(2025-04-27)、前回(2025-05-04)で述べたように、電極電位は酸塩基反応・錯生成反応・沈殿反応といった副反応の影響を受けます。今回は、Fe(III)-Fe(II)系の酸化還元反応に対するpHの影響について調べます。
<<錯生成定数、溶解度積>>
Fe3+イオン、Fe2+イオンはpHを上げるとさまざまな水酸化物錯体や沈殿を生成します。これらの副反応が電極電位にどのように影響するかを調べます。
計算に用いた水酸化物の錯生成定数(β)および溶解度積(Ksp)の値は次の通りです(その他の平衡は無視する。活量係数はすべて1)。
<Fe(Ⅲ)に関して>
βⅢ1 = [FeOH2+]/([Fe3+][OH-])
= 10^11.8
βⅢ2 = [Fe(OH)2+]/([Fe3+][OH-]2)
= 10^23.3
βⅢ3 = [Fe(OH)3]/([Fe3+][OH-]3)
= 10^28.8
βⅢ4 = [Fe(OH)4-]/([Fe3+][OH-]4)
= 10^34.4
KspⅢ= [Fe3+][OH-]3
= 10^-38.8 (Fe(OH)3:アモルファス)
<Fe(Ⅱ)に関して>
βⅡ1 = [FeOH+]/([Fe2+][OH-])
= 10^4.5
βⅡ2 = [Fe(OH)2]/([Fe2+][OH-]2)
= 10^7.4
βⅡ3 = [Fe(OH)3-]/([Fe2+][OH-]3)
= 10^10
βⅡ4 = [Fe(OH)42-]/([Fe2+][OH-]4)
= 10^9.6
KspⅡ= [Fe2+][OH-]2
= 10^-15.1
<<pHと電極電位Eの関係式>>
<沈殿が生成しない溶液>
Fe3+イオン、Fe2+イオンは、低pH域ではFe(OH)3, Fe(OH)2の沈殿を作りません。この領域での電極電位EとpHの関係を求めます。
Fe(Ⅲ), Fe(Ⅱ)の全濃度をそれぞれCⅢ mol/L, CⅡ mol/Lとします。
CⅢ = [Fe3+]+[FeOH2+]+[Fe(OH)2+]+[Fe(OH)3]+[Fe(OH)4-]
= [Fe3+](1+βⅢ1[OH-]+βⅢ2[OH-]2+βⅢ3[OH-]3+βⅢ4[OH-]4)
αⅢ = 1+βⅢ1[OH-]+βⅢ2[OH-]2+βⅢ3[OH-]3+βⅢ4[OH-]4と置くと、
[Fe3+] = CⅢ/αⅢ
CⅡ = [Fe2+]+[FeOH+]+[Fe(OH)2]+[Fe(OH)3-]+[Fe(OH)42-]
= [Fe2+](1+βⅡ1[OH-]+βⅡ2[OH-]2+βⅡ3[OH-]3+βⅡ4[OH-]4)
αⅡ = 1+βⅡ1[OH-]+βⅡ2[OH-]2+βⅡ3[OH-]3+βⅡ4[OH-]4と置くと、
[Fe2+] = CⅡ/αⅡ
したがって、Fe3+/Fe2+のネルンスト式は、
E = Eº-0.0592log([Fe2+]/[Fe3+]) Eº=0.771
V
= Eº-0.0592log{(CⅡ/αⅡ)/(CⅢ/αⅢ)}
= Eº-0.0592log{(CⅡ/CⅢ)/(αⅡ/αⅢ)}
∴ E = Eº-0.0592log(αⅢ/αⅡ)-0.0592log(CⅡ/CⅢ) …①
①式はCⅡ, CⅢの関数であり、またαⅡ, αⅢは[OH-]の関数つまりpHの関数なので、①式はpHの関数となります。
<Fe(OH)3のみが沈殿した溶液>
pHを上昇させると、まずFe(OH)3が沈殿し始めます。Fe(OH)3のみが沈殿した溶液では、
KspⅢ = [Fe3+][OH]3
が成立するので、
[Fe3+] = KspⅢ/[OH]3
また、Fe(OH)3沈殿生成の境界点では、
CⅢ/αⅢ = KspⅢ/[OH]3
が成立します。
一方Fe(Ⅱ)については、
[Fe2+] = CⅡ/αⅡ
が成立します。
ネルンスト式は、
E = Eº-0.0592log([Fe2+]/([Fe3+]) Eº=0.771
V
= Eº-0.0592log((CⅡ/αⅡ)/(KspⅢ/[OH]3))
∴ E = Eº-0.0592log([OH]3/αⅡ)-0.0592log(CⅡ/KspⅢ) …②
第2項はpHの関数なので、②式はpHの関数であり、またCⅡの関数でもあります。
<Fe(OH)3およびFe(OH)2が沈殿した溶液>
高pH域で、Fe(OH)3, Fe(OH)2がともに沈殿した溶液では、
KspⅢ = [Fe3+][OH]3
[Fe3+] = KspⅢ/[OH]3
KspⅡ = [Fe2+][OH]2
[Fe2+] = KspⅡ/[OH]2
また、Fe(OH)2沈殿生成の境界点では、
CⅡ/αⅡ = KspⅡ/[OH]2
が成立します。
ネルンスト式は、
E = Eº-0.0592log([Fe2+]/([Fe3+]) Eº=0.771
V
= Eº-0.0592log{(KspⅡ/[OH]2)/(KspⅢ/[OH]3)}
= Eº-0.0592log((KspⅡ/KspⅢ)[OH]))
∴ E = Eº-0.0592log[OH]-0.0592log(KspⅡ/KspⅢ) …③
第2項はpHの関数なので、③式はpHの関数です。
<<E-pHの関係図>>
CⅢ=CⅡ=10^-2 mol/L, CⅢ=CⅡ=10^-4 mol/LおよびCⅢ=CⅡ=10^-6 mol/Lの場合について、pHを与えて電極電位Eをエクセルで求めたときの結果を図-1に示し、EとpHの関係図を図-2に示します。
CⅢ=CⅡのとき、水酸化物が沈殿しない場合(①式)およびFe(OH)3+Fe(OH)2が沈殿する場合(③式)では、電極電位EはCⅢ, CⅡに無関係ですが、Fe(OH)3のみが沈殿する場合(②式)はCⅡの影響を受けます。
<<pHとEおよび化学種>>
pHに対するFe(III), Fe(II)の化学種濃度の関係は、次式で与えられます。
αⅢ = 1+βⅢ1[OH-]+βⅢ2[OH-]2+βⅢ3[OH-]3+βⅢ4[OH-]4
[Fe3+] = CⅢ/αⅢ, または [Fe3+] = KspⅢ/[OH]3
[FeOH2+] = βⅢ1[Fe3+][OH-]
[Fe(OH)2+] = βⅢ2[Fe3+][OH-]2
[Fe(OH)3] = βⅢ3[Fe3+][OH-]3
[Fe(OH)4-] = βⅢ4[Fe3+][OH-]4
αⅡ =
1+βⅡ1[OH-]+βⅡ2[OH-]2+βⅡ3[OH-]3+βⅡ4[OH-]4
[Fe2+] = CII/αII, または [Fe2+] = KspⅡ/[OH]2
[FeOH+] = βII1[Fe2+][OH-]
[Fe(OH)2] = βII2[Fe2+][OH-]2
[Fe(OH)3-] = βII3[Fe2+][OH-]3
[Fe(OH)42-] = βII4[Fe2+][OH-]4
CⅢ=CⅡ=10^-2 mol/LにおけるpHとFe(III), Fe(II)の化学種濃度の関係を図-3に示します。
また、CⅢ=CⅡ=10^-2
mol/Lにおける電極電位EとpHの関係を図-4に示します。 破線は沈殿が始まるpHを示します。




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