分析成分と滴定剤との酸化還元反応に基づく滴定法を酸化還元滴定と言います。酸化されやすい分析成分に対しては滴定剤として酸化剤を用い、還元されやすい分析成分に対しては還元剤を用いて滴定します。酸化還元滴定の滴定曲線を描くための基礎的事項を説明します。
<<酸化還元滴定>>
これまで、酸塩基滴定(2023-06-25)、EDTA滴定(2024-05-03)、沈殿滴定(2025-03-30)に関する滴定曲線を作成してきました。これらの滴定曲線は、横軸に滴定剤の体積(または滴定率)をとり、縦軸に濃度の対数(またはその値に負号を付けた値)をプロットしましたが、酸化還元滴定の滴定曲線の場合は、一般に縦軸に電極電位が用いられます。濃度の対数と電極電位の間はネルンスト式(2025-04-20)で関係付けられるので、他の滴定と同様の滴定曲線が得られます。
<酸化還元滴定式の誘導>
分析対象を酸化されやすい物質Red1とし、滴定剤に酸化剤Ox2を用いて滴定することを考えます。生成物をそれぞれ、Ox1, Red2とします。
半電池反応式は、関与する電子数をn1, n2とすると、
Red1 ⇄ Ox1 + n1e-
Ox2 + n2e- ⇄ Red2
溶液全体の反応式は、電子数を消去して、
n2Red1 + n1Ox2 ⇄ n2Ox1 + n1Red2
となります。
濃度C1o (mol/L)のRed1試料溶液v (mL)を濃度C2o (mol/L)のの滴定剤Ox2で滴定し、滴下量をt (mL)とします。滴定途中の被滴定溶液中のOx1とRed1の濃度の合計をC1 (mol/L), Red2とOx2の濃度の合計をC2 (mol/L)とすると、次の関係が成立します。
C1 = [Red1]+[Ox1] = C1ov/(v+t) …①
C2 = [Red2]+[Ox2] = C2ot/(v+t) …②
また、生成物について、各滴定段階で、
n1[Ox1] = n2[Red2] …③
が成立します。
さらに、滴定中の被滴定溶液では、次のネルンスト式が成立します。
E1 = E1º - RT/(n1F)×ln([Red1]n1/[Ox1]n1) …④
E2 = E2º - RT/(n2F)×ln([Red2]n2/[Ox2]n2) …⑤
各滴定段階で、酸化還元平衡が成立するので、
E1 = E2 = E …⑥
①~⑥式から次の滴定曲線式が得られます(*1)。
(A1/(1+A1))n1C1ov = (1/(1+A2))n2C2ot …⑦
ただし、
A1 = exp{(n1F/(RT))(E-E1º)}
A2 = exp{(n2F/(RT))(E-E2º)}
(*1) ⑦式の誘導は次の通り。
Ox1, Red1について、
④, ⑥式から、
(E-E1o)n1F/(RT) = ln([Ox1]/[Red1])
対数を外すと、
exp{(E-E1o)n1F/(RT)} = [Ox1]/[Red1]
①式から、
[Red1] = C1-[Ox1]
これを上式に代入して、
exp{(E-E1o)n1F/(RT)} = [Ox1]/(C1-[Ox1])
A1 = exp{(n1F/RT)(E-E1º)}と置くと、
A1 = [Ox1]/(C1-[Ox1])
[Ox1]で整理すると、
[Ox1] = A1C1/(1+A1) = (A1/(1+A1))C1ov/(v+t) …ⓐ
同様に、Ox2, Red2についても、
⑤, ⑥式から、
(E-E2o)n2F/(RT)
= ln([Ox2]/[Red2])
対数を外すと、
exp{(E-E2o)n2F/(RT)} = [Ox2]/[Red2]
②式から、
[Ox2] = C2-[Red2]
exp{(E-E2o)n2F/(RT)} = (C2-[Red2])/[Red2]
A2 = exp(n2F/(RT)(E-E2º)と置くと、
A2 = (C2-[Red2])/[Red2]
[Red2]で整理すると、
[Red2] = C2/(1+A2) = (1/(1+A2))C2ot/(v+t) …ⓑ
また各滴定段階で③式が成立するので、③式にⓐ, ⓑ式を代入して、
(A1/(1+A1))n1C1ov/(v+t) = (A2/(1+A2))n2C2ot/(v+t)
∴ (A1/(1+A1))n1C1ov
= (1/(1+A2))n2C2ot
<滴定曲線式の解法>
⑦式において滴下量tが与えられると、各滴定段階における電極電位Eを求めることができ、滴定曲線を描くことができます。⑦式でF/RT, n1, n2, E1º, E2ºは定数なので、滴定条件としてC1o, v, C2oが与えられれば、tとEの関係を求めることができます。実際の計算方法としては、(1)当量点前後で場合分けをして近似式を用いる方法、(2)エクセルを利用して厳密に方程式を解く方法などがあります(これは、酸塩基滴定などの手法と同様)。
次回以降、具体的な例について酸化還元滴定曲線を描いていきます。
<<滴定剤>>
酸化還元滴定の滴定剤として、酸化されやすい分析成分に対しては酸化剤が用いられ、還元されやすい分析成分に対しては還元剤が用いられます。滴定剤に必要な要件としては、(1)分析成分に対して適切な標準電位を持つこと、(2)酸化還元反応の反応速度が迅速なこと、(3)滴定剤が光や熱また空気中の酸素などに対して安定であること、などが挙げられます。よく使用される滴定剤の例を下表に示します。
<<酸化還元指示薬>>
酸化還元滴定の終点検出法として、当量点の電位Eeqとほぼ等しいEºを持ち、その前後で明瞭かつ迅速に変色する酸化還元物質を指示薬に用いれば目視で終点を検出できます。代表的な指示薬を次に示します。
また、滴定剤は、それ自身が強い色を持ち、当量点で変色する物質もあります(例えば、KMnO4)。この場合、指示薬は不要です。ヨウ素を利用する滴定では指示薬として過剰なヨウ素の検出にデンプン溶液がよく用いられます。
<<電位差滴定装置と電極>>
酸化還元滴定の終点検出法として電位差滴定装置もよく用いられます。
電位差滴定装置は、指示電極(作用電極ともいう)、参照電極(比較電極ともいう)、電位差計、ビュレット等から構成されています。指示電極は溶液中の分析対象成分の濃度に応答する電極で、参照電極は成分濃度の如何にかかわらず常に一定の電位を保つ電極です。
電位差滴定法は、この二つの電極間の電位差を測定することにより、対象成分(たとえば、Fe2+)を含む溶液に滴定剤(例えばCe4+)を加えたときの当量点おける急激な電位変化を検出して定量する方法です。
電位差滴定装置の概略の構成図を図-1に示します。
電位差滴定装置の指示電極としては、白金電極、銀電極などが用いられます。
また電極電位は標準水素電極(NHE)電位を基準としますが、標準水素電極(NHE)は取り扱いが面倒なので、実際の測定では飽和カロメル電極(SCE)、銀-塩化銀電極などの参照電極が用いられます。
<飽和カロメル電極(SCE)>
飽和カロメル電極(SCE)は次の反応に基づいています。
Hg2Cl2(s) + e- ⇄ Hg(l) + Cl-
Eº = 0.241 V (飽和KCl中、対NHE)
SCEの電位はNHEに対して+0.241 V なので、NHEを基準として求められた電位から0.241 Vを引くと、SCEに対する電位となります。
<銀-塩化銀電極>
銀-塩化銀電極は次の反応に基づいています。
AgCl(s) + e- ⇄ Ag(s) +
Cl-
Eº =
0.197 V (飽和KCl中、対NHE)
したがって、NHEを基準として求められた電位から0.197 Vを引くと、銀-塩化銀電極に対する電位となります。



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