酸化還元滴定でよく用いられる「セリウム(IV)標準溶液によるによる鉄(II)の滴定」を例として、当量点以前・当量点・当量点以降で場合分けをして近似式を作成し、酸化還元滴定曲線を描く方法を説明します。
具体的には、濃度Cfo mol/Lの鉄(II)を含む1 mol/L硫酸溶液v mLを濃度Cco mol/Lのセリウム(IV)を含む1 mol/L硫酸溶液で滴定する(滴下量, t mL)ことを考えます。白金電極および飽和カロメル電極(SCE)を用いて溶液の電極電位を測定して得られる滴定曲線を計算で求めます。
<<関係式>>
被滴定溶液中では、次の反応が起きます。
Fe2+ + Ce4+ ⇄
Fe3+ + Ce3+ …①
前回(2025-05-25)述べたように、反応式①は、次の二つの半反応式に分けて考えることができます。
Fe3+ + e- ⇄ Fe2+
Ce4+ + e- ⇄ Ce3+
これに対応するネルンスト式は、次で与えられます(*1)。
Ef = Eº'f – z×log([Fe2+]/[Fe3+]) …②
Eº'f = 0.68 V (1 M H2SO4中、対NHE)
Ec = Eº'c – z×log([Ce3+]/[Ce4+]) …③
Eº'c = 1.44
V (1 M H2SO4中、対NHE)
(*1) Eº'f, Eº'cは1
mol/L H2SO4中における見掛けの電位。滴定開始から終了までこの電位は変化しないものとする。また、z=ln(10)RT/F=0.0592である。
被滴定溶液中では、滴定剤が添加された都度、平衡状態が成立するので、ネルンスト式②, ③の電位Ef, Ecは同じ値となります(Ef=Ec)。
滴定中の被滴定溶液中の全鉄、全セリウム濃度をCf, Ccとすると、
Cf = Cfov/(v+t) = [Fe3+]+[Fe2+]
Cc=Ccot/(v+t) = [Ce4+]+[Ce3+]
また、生成物であるFe3+とCe3+の濃度間には常に、
[Fe3+] = [Ce3+]
の関係が成立します。
したがって、反応物の濃度は、
[Fe2+] = C f-[Fe3+]
= C f-[Ce3+]
[Ce4+] = Cc-[Ce3+] = Cc-[Fe3+]
となります。
ここで、①式に対する見掛けの平衡定数(K=[Fe3+][Ce3+]/(Fe2+][Ce4+]))を求めます(2025-04-20)。
③-②より、
Ec-Ef = (Eº'c–Eº'f)–0.0592log([Fe3+][Ce3+]/(Fe2+][Ce4+])
= (Eº'c–Eº'f)–0.0592log K
平衡状態ではEc=Efなので、
0.0592logK=Eº'c–Eº'f
log K = (Eº'c–Eº'f)/0.0592 = (1.44-0.68)/0.0592=12.9
∴ K = 10^12.9 = 6.9×10^12
したがって、①式は大きく右に偏っていることが分かります。したがって、当量点以前・当量点・当量点以降で場合分けをすると、図-1のような量的関係が近似的に成立します。
<<場合分け-近似式の利用>>
Cfo = 0.1 mol/L, v = 50 mLの試料溶液をCco = 0.1 mol/Lのセリウム(IV)標準溶液で滴定することを考えます(滴下量t mL)。
<滴定剤を加える前>
[Fe3+]=0の場合は、ネルンスト式は計算できません。しかし、滴定剤(Ce(IV))を加える前の試料溶液(Fe(II))には、微量であってもFe(III)が含まれています。ここで、仮に[Fe3+]/[Fe2+]=10^-3とすると、
E = Eº'f – 0.0592log([Fe2+]/[Fe3+])
= 0.68-0.0592log10^3 = 0.50 (V)
<当量点以前>
上述のように、①式の平衡は大きく右に偏っているので、当量点以前(Cf>Cc)では、加えられたCe(IV)はほぼ完全にCe(III)に変化し、Ce(IV)を加えた分だけFe(II)はFe(III)に変化します(図-1)。
②, ③式の電位は等しいのでどちらの式を用いてもよいが、[Ce4+]≒0であり[Ce3+]/[Ce4+]の計算はめんどうです。一方[Fe2+]/[Fe3+]の計算は容易にできるので、②式を用いてEを求めます。
たとえば、滴下量 t = 10 mLの場合:
[Fe3+] = [Ce3+] = Cc-[Ce4+]
ここで、当量点以前は[Ce4+]≒0なので、[Fe3+]=Ccと近似することができます(*2)。したがって、
[Fe3+] = Ccot/(v+t) = 0.1×10/(50+10) (mol/L)
一方、残った[Fe2+]は、
[Fe2+] = Cfov/(v+t)-[Fe3+]
= 0.1×50/(50+10)-0.1×10/(50+10) (mol/L)
したがって、
E = 0.68-0.0592log([Fe2+]/[Fe3+])
= 0.68-0.0592×log((0.1×50/60-0.1×10/60)/(0.1×10/60))
= 0.68-0.0592×log(4) = 0.64 (V)
(*2) 当量点の極く近傍ではこの仮定は成立しない。
<当量点>
滴下量 t = 50 mLの場合(当量点):
当量点前と同様、当量点においても[Fe3+]=[Ce3+]が成立します。
また当量点においては、Cfov=Ccot
つまり、[Fe2+]+[Fe3+]=[Ce3+]+[Ce4+]
が成立します。したがって、
[Fe2+] = [Ce4+]
②+③を行うと、
2E = (Eº'f+Eº'c)
– 0.0592log([Fe2+]/[Fe3+]) – 0.0592log([Ce3+]/[Ce4+])
= (Eº'f+Eº'c)
– 0.0592([Fe2+][Ce3+]/([Fe3+][Ce4+]))
= (Eº'f+Eº'c) (∵
[Fe2+][Ce3+]/([Fe3+][Ce4+])=1)
∴ Eeq = (Eº'f+Eº'c)/2 = 1.06 (V)
<当量点以降>
当量点以降(Cf<Cc)では、Fe(II)はほぼ完全にFe(III)に変化し、生成したFe(III)と当量のCe(III)が生成し、未反応分だけCe(IV)が残ります(図-1)。したがって、③式を用いて[Ce3+]/[Ce4+]を計算してEを求めるのが簡単です。
たとえば、滴下量 t = 60 mLの場合:
[Ce3+] = [Fe3+] = Cf-[Fe2+]
ここで、当量点以降は[Fe2+]≒0なので、[Ce3+] = Cfと近似することができます(*2)。したがって、
[Ce3+] = Cfov/(v+t) = 0.1×50/(50+60) (mol/L)
一方、残った[Ce4+]は、
[Ce4+] = Ccot/(v+t)-[Ce3+]
= 0.1×60/(50+60)-0.1×50/(50+60) (mol/L)
したがって、
E = 1.44-0.0592log([Ce3+]/[Ce4+])
= 1.44-0.0592×log(0.1×50/110/(0.1×60/110-0.1×50/110))
= 1.44-0.0592×log(5) = 1.40 (V)
以上で求めたEの値は、標準水素電極(NHE)に対する値です。飽和カロメル電極(SCE)に対する電位は得られた値から0.241 Vを差し引いて求めます(2025/05/25)。
<<滴定曲線の作成>>
エクセルによる計算結果および計算式の抜粋を図-2に示します。
また滴定曲線(滴下量t - E(SCE))を図-3に示します(*3)。
(*3) 実際の滴定に当たって、終点の検出に電位差計を用いないで、酸化還元指示薬を用いることもできる。この場合、当量点の電極電位(Eeq=1.06 V(NHE))から考えて、例えばフェロイン(Ein=1.15
V(NHE))が適切である。



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