今回は、エクセル-ソルバーを用いて「K2Cr2O7によるFe(II)の酸化還元滴定」の滴定曲線を描く方法を検討します。
具体的には、濃度CFo mol/Lの鉄(II)を含む1 mol/L硫酸溶液v mLを濃度CRo
mol/Lのクロム酸カリウム(K2Cr2O7)で滴定する(滴下量, t mL)ことを考えます。
<<関係式>>
滴定途中の被滴定溶液中の全鉄、全クロム酸濃度をCF, CRとすると、関係式は次の通りです。
<半反応式およびネルンスト式>
Fe3+ + e- ⇄ Fe2+
E = Eo'F-(z/nF)log([Fe2+]/[Fe3+]) …①
Eº'F = 0.68 V (1 M H2SO4中、対NHE)
Cr2O72- +14H+ + 6e- ⇄ 2Cr3+ + 7H2O
E = Eo'R-(z/nR)log([Cr]^2/([Cr2O7][H]^14))(*1) …②
Eº'R = 1.1
V (1 M H2SO4中、対NHE)
ここで、R:気体定数、T:温度(=25℃)、F:ファラディー定数、z=ln(10)RT/F。nF(=1), nR(=6)は半反応式の電子数。
Eº'F(=0.68
V) , Eº'R=(1.1 V) は1 mol/L H2SO4中における式量電位。滴定開始から終了までこの式量電位は変化しないものとする。
(*1) ニクロム酸カリウムの酸化還元反応機構は複雑であり、厳密には②のネルンスト式に従わないが、ここでは②式が成立するものとする。
<物質バランス>
CF = CFov/(v+t) = [Fe2+]+[Fe3+] …③
CR = CRot/(v+t) = [Cr2O7]+[Cr]/2 …④
3[Cr3+] = [Fe3+] …⑤
CH = CHov/(v+t) = [H]+7[Cr] …⑥
ここで、CFo, CRo, CHo, v, nF,
nR , Eo'F, Eo'R は一定。
<酸化還元反応式>
硫酸酸性でのニクロム酸カリウムK2Cr2O4による鉄(II)の酸化還元滴定における酸化還元反応式は次の通りです。この反応は大きく右に偏っています(*2)。
6Fe2+ + Cr2O72- + 14H+ ⇄ 6Fe3+ + 2Cr3+ + 7H2O
(*2) ニクロム酸カリウムと鉄(II)の酸化還元反応の平衡定数を求めると、
log K = nFnR(Eº'R-Eº'F)/0.05916 = 42.6
<<ソルバー解>>
tにある値を与えると、未知数が6個([Fe2+],
[Fe3+], [Cr2O7], [Cr], [H], E) 、方程式が6個(①~⑥)なので、この連立方程式は解くことができます。エクセルのソルバー機能を用いてこの連立方程式を解きます。
[Fe’] = [Fe2+]+[Fe3+]
[Cr2O7’] = [Cr2O7]+[Cr]/2
pFe2+ = -log[Fe2+]
pFe3+ = -log[Fe3+]
pCr2O7 = -log[Cr2O7]
pCr3+ = -log[Cr]
pH = -log[H]
Q = 3[Cr]-[Fe3+]
とします。
(特に、当量点においては、[Fe2+]=6[CrO7]が成立する)
ソルバーの実行条件は、
与件:t
目的セル:Q = 3[Cr]-[Fe3+] = 0
変数セル:pFe2+ , pFe3+
, pCr2O7 , pCr , pH , E
制約条件:
R(EF) = E-{Eo'Fー(z/nF)log([Fe2+]/[Fe3+])} = 0
R(ER) = E-{Eo'R-(z/nR)log([Cr]^2/([Cr2O7][H]^14))}
= 0
R(CF) = CF-[Fe’]
= 0
R(CR) = CR-[Cr2O7’] = 0
R(CH) = CH-7[Cr] = 0
(特に、当量点においてはReq
= [Fe2+]-6[Cr2O7]
= 0)
<<結果>>
濃度CFo=0.0012 mol/Lの鉄(II)を含む1 mol/L硫酸溶液v=300 mLを濃度CRo=0.003 mol/Lのクロム酸カリウム(K2Cr2O7)で滴定する(滴下量, t mL)場合の計算結果(抜粋)を図-1に示します(*3)。
(*3) F列を計算列として、tに任意の値を入れてソルバーを実行して「コピー&ペースト」を繰り返していく。まずt=20(当量点)について、変数セルの初期値を例えばpFe2+=9
, pFe3+=3 , pCr2O7=10 , pCr=3 , E=1とし、また制約条件にR(Ceq)=0を追加してソルバーを実行する。その後R(Ceq)の制約条件を削除してtの値を次第に減少または増加させてソルバーを実行する。
今回はソルバーを用いて計算したが、場合分け-近似式を用いる方法でも同等の結果を得ることができる。
また、このときの滴定曲線(t(mL)-E(V, 対NHE))を図-2に示します(青い実線)。
図-2から、当量点の電位は滴定曲線の立ち上がりの中央部より高い位置にあり(*4)、また当量点を過ぎると急激に滴定曲線が平坦になることが分かります。
(*4) 当量点における電位を計算で求める。①+6×②から、
7E = Eo'F+6Eo'R-z log([Fe2+][Cr]^2/([Fe3+][Cr2O7][H]^14)) …ⓐ
また、当量点においては、CFov/(v+t) = 6CRot/(v+t)が成立するので、
[Fe2+]+[Fe3+] = 6[Cr2O7]+3[Cr]
⑤式(3[Cr] = [Fe3+])は常に成立するので、当量点では、
[Fe2+] = 6[Cr2O7] …ⓑ
が成立する。
ⓑ式と⑤式を、ⓐ式に代入すると、当量点において、
7Eeq = Eo'F+6Eo'R-z log(2[Cr]/[H]^14)
Eeq = (Eo'F+6Eo'R)/7-(z/7)log(2[Cr]/[H]^14)
[Cr]≒2CRot/(v+t) = 2×0.003×20/(300+20)=3.75×10^-4、および[H]≒1とすると、
∴ Eeq=(0.68+6×1.1)/7-(0.0592/7)log(2×3.75×10^-4) =1.04+0.029=1.07
この値はソルバーで求めた値と良く一致する。
<<滴定の実際>>
実際の滴定操作における注意点をいくつか述べます。
<指示薬について>
図-2から分かるように、1 M 硫酸中で「K2Cr2O7によるFe(II)の酸化還元滴定」を行うとき、指示薬としてジフェニルアミンスルホン酸(変色電位:0.85 V)を用いると、当量点より少し早く変色が始まり若干の誤差を生じます。しかし、実用的な定量法(例えば、JIS M 8212:鉄鉱石中の全鉄の定量)では硫酸-リン酸溶液中で滴定が行なわれます。リン酸を添加すると鉄(III)がリン酸と錯体を作り[Fe3+]が減少して、Eo'Fが下がることが知られています。図-2においてその様子を模式的に示しました(赤い点線)。硫酸-リン酸溶液中で滴定を行えば、ジフェニルアミンスルホン酸の使用は適切です。
<予備還元について>
たとえば、鉄鉱石中の全鉄を定量する場合、まず固体の試料を溶液化する必要があります。溶解方法としては、(1) 塩酸+塩化スズ(Ⅱ)で溶解し、残渣をフッ化水素酸で処理して硫酸カリウムで融解する方法、(2) 炭酸ナトリウムと過酸化ナトリウムで融解して塩酸で処理する方法、などが用いられます。しかし、このようにして得られた溶液試料はFe(II)とともにFe(III)が含まれ、K2Cr2O7による酸化還元滴定を実施する場合、滴定に先立ってFe(III)の予備還元が必要です。
JIS M 8212によれば、これらの溶液中の鉄(Ⅲ)の大部分を塩化スズ(Ⅱ)で鉄(Ⅱ)に還元し、残った鉄(Ⅲ)を塩化チタン(Ⅲ)で還元し、過剰の塩化チタン(Ⅲ)を二クロム酸カリウムで定量的に酸化する方法(指示薬:インジゴカルミン)が予備還元法として用いられています。このように、塩化スズ(Ⅱ)と塩化チタン(Ⅲ)を用いて2段階で予備還元するのは、塩化スズ(Ⅱ)の酸化速度が遅いこと、また多量の塩化チタン(Ⅲ)を用いるとTiO2の沈殿が生成することが理由です。
なお、予備還元に用いるインジゴカルミン(変色電位:0.29 V, 青(ox)⇄無色(red))は滴定時に用いるジフェニルアミンスルホン酸(変色電位:0.85 V, 赤紫(ox)⇄無色(red))の変色を妨げません(滴定の終点:青緑→紫)。


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