前回(2025-07-06)は、場合分けをして近似式を用いる方法により(II)のヨウ素滴定の滴定曲線を描きましたが、今回はソルバー法を用います。   

具体的には前回同様、Cco mol/Lの銅(II)溶液, Vc mLに過剰のヨウ化カリウム溶液Cio mol/L, Vi mLを加えて、水でv mLにして、ヨウ化銅(I)沈殿とヨウ素(I2)を生成させます。この生成したヨウ素をCso mol/Lのチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定します(滴下量:t mL)。   

<<関係式>>
滴定中の溶液内では次のような平衡が成立するものとします。
2Cu2+
5I- 2CuI↓ + I3- …ⓐ
I3-
2S2O32- 3I- S4O62- …ⓑ   

<半反応とネルンスト式>
I3- 2e- 3I-
E = Eoi
(z/2)log([I]^3/[I3]) …①
 Eºi = 0.536 V (
NHE)
S4O62-
2e- 2S2O32-
E = Eos
(z/2)log([S2O3]^2/[S4O6]) …②
 Eºs = 0.080 V (
NHE)
ここで、z=ln(10)RT/F=0.0592, R気体定数、T温度(25)Fファラディー定数。Eºi , Eºs標準電極電位。活量係数は考慮しません。   

<物質バランス>
滴定途中の溶液内に存在する銅、ヨウ化物、チオ硫酸の全濃度をそれぞれCc, Ci, Cs (mol/L)とすると、

Cc = CcoVc/(v+t) = [CuI] …③
[CuI↓]CuI固体が溶液中に溶解していると仮想したときの濃度。
遊離のCu(II)濃度は[Cu]=0とする)

Ci = CioVi/(v+t) = 3[I3][I][CuI] = 3[I3][I]Cc …④
Cs = Csot/(v+t) = [S2O3]
2[S4O6] …⑤
Cco, Cio, Cso, Vc, Vi, v
は一定値です。   

ここで、Cu(II), I3-, S4O62-関係を求めます。
(II) Cc mol/Lに過剰のヨウ化カリウムを加えるとヨウ素(I3-)Cc/2 mol/L生成し()、さらにS2O32-の添加によって四チオン酸イオン[S4O6] mol/L生成すると()ヨウ素(I3-)の平衡濃度[I3]について、
[I3] = Cc/2
[S4O6] …⑥
という関係が得られます(*1)
(*1) 滴定剤(S2O32-)を加える前は、ⓐ式より、
[I3] = Cc/2
が成立する。
ここに滴定剤(S2O32-)を加えると、ⓑ式より、
S4O62-が生成した分だけI3-が減少する。したがって、
[I3] = Cc/2[S4O6]
の関係が常に成立する。   

なお、当量点ではさらに2[I3]=[S2O3]が成立します。   

<<ソルバー解>>
tにある値を与えると、未知数が5([I], [I3], [S2O3], [S4O6], E) 、方程式が5((, , , , )なので、この連立方程式は解くことができます。エクセルのソルバー機能を用いてこの連立方程式を解きます。
[I
] = [I]+3[I3]+Cc
[S2O3
] = [S2O3]+2[S4O6]
pI = -log[I]
pI3 = -log[I3]
pS2O3 = -log[S2O3]
pS4O6 = -log[S4O6]
Q = Cc/2
[S4O6][I3]
(
特に、当量点においては、2[I3]=[S2O3])   

ソルバーの実行条件は次の通りです。
与件:t
目的セル:
Q = Cc/2[S4O6][I3] = 0
変数セル:pI , pI3 , pS2O3 , pS4O6, E
制約条件
R(Ci) = Ci
[I] = 0
R(Cs) = Cs
[S2O3] = 0
R(Ei) = E
{Eoi
(z/2)log([I]^3/[I3])} = 0
R(Es) = E
{Eos(z/2)log([S2O3]^2/[S4O6])} = 0
(特に、当量点においてはReq = 2[I3][S2O3] = 0も成立する)   

結果
濃度Cco=0.1 mol/L, Vc=10 mL, Cio=0.648 mol/L (KI 10%), Vi=10 mL, v=30 mL, Cso=0.1 mol/Lとした場合(滴下量t mL)のエクセルによる計算結果(抜粋)-に示します。また、滴定曲線(滴下量t - E(NHE))-に示します。   

-
2025-07-13-fig1

-
2025-07-13-fig2

<<Fe3+の妨害とその回避方法>>
銅の定量(たとえば、JIS M 8121:鉱石中の銅の定量法)において、実際にヨウ素還元滴定に著しい妨害を与えるイオンとしてFe(III)があります。その妨害回避のためにはフッ化物イオンやリン酸イオンによるマスキングが有効です。   

Fe3+の妨害>
Fe3+は次の反応によって、ヨウ素を生成し、Cuの定量を妨害します。
2Fe3+
3I- 2Fe2+ I3-
 ©   

電極電位から、この反応の平衡定数Kを求めます(活量係数は無視)
K = [Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)
Fe3+
e- Fe2+
E = Eof
zlog([Fe2+]/[Fe3+])  Eof = 0.771 (V)
 …⑦
I3-
2e- 3I-
E = Eoi
(z/2)log([I]^3/[I3])  Eoi = 0.536 (V) …⑧
⑦-⑧から、
Eof
Eoi(z/2)log{([Fe2+]^2/[Fe3+]^2)/([I]^3/[I3])} = 0
したがって、
logK = log{[Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)} = (2/z)(Eof
Eoi) = 7.94
K = [Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3) = 10^7.94
   

-1から、当量点における[I3], [I]の値は、[I3]=1.3×10^-6, [I]=1.4×10^-1 なので、[I]^3/[I3]10^3として、
[Fe2+]/[Fe3+] = (10^7.9
×10^3)^0.5=10^5.5
つまり、ⓒ式は大きく右に偏り、Fe3+の大部分はFe2+となって、同時にI3-を生成して銅のヨウ素滴定を妨害することが分かります
(*2)
(*2) 厳密にいうと、活量係数やpH, 鉄の水酸化物の生成等を考慮する必要があり、実際には、logK7.94よりもう少し小さな値となると推定できるが、Fe3+が銅の滴定を妨害することに変わりはないであろう。   

<フッ化物によるマスキング>
被滴定溶液にフッ化水素アンモニウムを添加することを考えます(遊離のフッ化物イオン濃度を[F]=0.1 mol/Lとする)
Fe3+
のα係数は、
αFeIII = 1+βf1[F]+βf2[F]^2+βf3[F] ^3   

logβf1=5.2, logβf2=9.2, logβf1=11.9としてαFeIIIを計算すると、logαFeIII=8.91となります。
また、
Fe2+は有効なフルオロ錯体を作らないので、αFeII=1とすると、
[Fe2+']/[Fe3+'] = [Fe2+]/([Fe3+]αFeIII) = 10^(5.5-8.9) = 10^-3.4
したがって、フッ化物イオンを加えるとFe3+がマスクされて、Fe3+によるI3-の生成を阻害し、銅のヨウ素滴定を妨害しなくなることが分かります。フッ化物イオンは銅(II)とは有効な錯体を作らないので銅のヨウ素滴定を妨害しません。