銅のヨウ素還元滴定法は、銅(II)溶液に過剰のヨウ化カリウム溶液を加えて、銅をヨウ化銅(I)として沈殿させるとともにヨウ素(三ヨウ化物イオン:I3-)を生成させ、生成したヨウ素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定する方法です。
この銅のヨウ素還元滴定に著しい妨害を与えるイオンとして鉄(III)があります。この妨害を除くためには、フッ化物イオンによるマスキングが有効です。このことについて、前回(2025-07-13)簡単に説明しましたが、今回、フッ化物のマスキング効果についてもう少し詳しく検討します。
<<関係式>>
銅のヨウ素還元滴定において鉄(III)が存在すると、銅(II)と同様ヨウ化カリウムと反応してヨウ素(I3-)を生成して銅の滴定に正の誤差を与えます。
2Fe3++3I- ⇄ 2Fe2++I3- …①
この式の平衡定数をKとすると、
K = [Fe2+]^2[I3]/([Fe3+]^2[I]^3)
関係するネルンスト式は、
Fe3+ + e- ⇄ Fe2+
Et = Eot-0.0592log([Fe2+]/[Fe3+]) Eot = 0.771 (V)
I3- + 2e-
⇄ 3I-
Ey = Eoy-(0.0592/2)log([I]^3/[I3]) Eoy = 0.536 (V)
平衡状態では、対となる酸化剤と還元剤のそれぞれの電極電位は等しいので、
Et = Ey
となります。
前回(2025-07-13)述べたように、ここにフッ化物(錯形成剤)が加わると次式のような反応が起きて電極電位の値が変化します。
Fe3+ + F- ⇄ FeF2+
Fe3+ + 2F- ⇄ FeF2+
Fe3+ + 3F- ⇄ FeF3
Fe2+ + F- ⇄ FeF+
以下で用いた平衡定数は(2025-05-18)において示した通りです。これらの平衡定数は様々なイオン強度で求められていますが、イオン強度の違いによる補正はしません。
<<電極電位と反応の進行度合い>>
<フッ化物が共存しないとき>
Fe(III)の全濃度をCt=0.1 mol/L、ヨウ化物の全濃度をCy=1
mol/Lとして、pH=3~4と変化させたときの電極電位および化学種濃度をエクセルのソルバー機能で求めます。pH=3~4の範囲では、Fe(OH)3が沈殿します(2025-05-11)。
関係式は、
Et = Ey
Cy = [I]+[I3]
[FeII] = [Fe2+]+Σ[Fe(OH)n^(2-n)]
[FeII] = 2[I3]
化学種濃度は、
[Fe3+] = KspIII/[OH]3
[Fe(OH)n^(3-n)] = βoIIIn[Fe3+][OH]n (n=1~4)
[Fe2+] = 10^-pⅡ (pII
=-log[Fe2+])
[Fe(OH)n^(2-n)] = βoIIn[Fe2+][OH]n (n=1~4)
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[I3] = 10^-pI3 (pI3
=-log[I3])
[I] = Cy-[I3]
となります。
与件のpHに対し、ソルバーのパラメータは、
目的セル:Et-Ey = 0
変数セル:pII, pI3
制約条件:[FeII]-2[I3] = 0
とします。
酸化還元反応(2Fe3++3I- ⇄ 2Fe2++I3-)の進行度合いを[FeII]/Ctで示します。
計算結果を図-1に示します。
図-1

フッ化物が共存しないとき、pH3~4の範囲で[FeII]/Ctは73%~0.8%となり、Fe3+は明らかに銅のヨウ素還元滴定を妨害することが分かります。
<フッ化物が共存するとき>
Fe(III)の全濃度をCt=0.1 mol/L、フッ化物の全濃度をCf=1
mol/L、ヨウ化物の全濃度をCy=1 mol/Lとして、pH=2~5と変化させたときの電極電位および化学種濃度をエクセルのソルバー機能で求めます。F-が共存するとpH=2~5の範囲でFe(OH)3の沈殿は生成しません(2025-05-18)。
関係式は、
平衡状態では、対となる酸化剤と還元剤のそれぞれの電極電位は等しいので、
Et = Ey
酸化剤、還元剤、錯形成剤それぞれの物質バランスから、
Ct = [Fe’]
Cy = [I]+[I3]
Cf = [F’]
[FeIII] = [Fe3+]+Σ[Fe(OH)n^(3-n)]+Σ[FeFm^(3-m)]
[FeII] = [Fe2+]+Σ[Fe(OH)n^(2-n)]+[FeF+]
[Fe’] = [FeIII]+[FeII]
[F’] = [FeF2+]+2[FeF2+]+3[FeF3]+[FeF+]+[F]+[HF]
また、①式から、
[FeII] = 2[I3]
となります。
化学種濃度は、
[Fe3+] = 10^-pⅢ (pIII
=-log[Fe3+])
[Fe(OH)n^(3-n)] = βoⅢn[Fe3+][OH-]n (n=1~4)
[FeFm^(3-m)] = βfⅢm[Fe3+][F-]m (m=1~3)
[Fe2+] = 10^-pII (pII =-log[Fe2+])
[Fe(OH)n^(2-n)] = βoIIn[Fe2+][OH]n (n=1~4)
[FeF+] = βfII1[Fe2+][F]
[H] = 10^-pH
[OH] = Kw/[H]
[F] = 10^-pF (pF =-log[F])
[HF] = [H][F]/Ka
[I3] = 10^-pI3 (pI3
=-log[I3])
[I] = Cy-[I3]
となります。
与件のpHに対し、ソルバーのパラメータを、
目的セル:Et-Ey = 0
変数セル:pIII, pII, pF, pI3
制約条件:Ct-[Fe'] = 0, Cf-[F'] = 0, [FeII]-2[I3] = 0
として、ソルバーを実施します。
酸化還元反応(2Fe3++3I- ⇄ 2Fe2++I3-)の進行度合いは[FeII]/Ctで表します。
計算結果を図-2に示します。
pH2.5以上になると[FeII]/Ctは0.1%以下となりFe(III)はマスクされることが分かります。(*1)
(*1) この結果だけから見るとpHが高いほうが望ましいが、実際の銅のヨウ素還元滴定においてはpHが高くなると、2Cu2+ + 5I- → 2CuI↓ + I3-の反応が不完全になり、また反応速度も遅くなって、終点の確認があいまいとなる。滴定の最適pHは3.3~4.0と言われており、フッ化物としてNaHF2を加えることによりこのpHを保つことができる。[藤原鎮男 監訳:「コルトフ 分析化学Ⅳ」(1975), p.1139-1142]


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