以前にクロム酸塩を指示薬とする硝酸銀による塩化物の沈殿滴定(モール法)について説明しました(2025-04-06)。今回は電位差滴定法による滴定曲線を描きます。
<<塩化銀沈殿反応と電極電位>>
塩化銀の沈殿反応は、Ag+ + Cl- → AgCl↓という反応式によって示されますが、この反応式の中に酸化還元反応は現れません。では、なぜ塩化銀の沈殿滴定が銀電極を用いた電位差滴定法で測定できるのでしょうか?
一般に銀イオン(Ag+)と金属銀(Ag)の半電池反応は次のように表されます。
Ag+ + e- → Ag↓
また、これに対応するネルンスト式は、
E = Eo-0.0592log(1/[Ag+]) ……①
Eo=+0.80V (vs NHE)
で示されます。
ビーカーに塩化物イオンが入っていて、これにAgイオンを徐々に添加していく過程(つまり、硝酸銀による塩化物イオンの滴定)においては沈殿平衡が成立します。
溶解度積(Ksp=[Ag+][Cl-]=10^-9.75)から、
[Ag+]=Ksp/[Cl-]
を①式に代入すると、
E = Eo-0.0592log([Cl-]/Ksp)
つまり、
E = (Eo+0.0592logKsp)-0.0592log[Cl-] ……②
したがって、沈殿平衡が成立する場合、①式と②式と同等です。
①、②式を見ればわかるように、電極電位Eは、Ag+濃度、Cl-濃度に依存します。したがって、電極電位Eを測定すれば、Ag+濃度、Cl-濃度が分かるのです。
ここで、当量点([Cl]=[Ag])での電極電位を求めます。(①+②)/2より、
E = Eo+(0.0592/2)logKsp+log[Ag]-log[Cl] = 0.51 (V)
当量点前ではCl-濃度がAg+濃度より多い([Cl]>[Ag])ので電極電位は0.51
Vより小さく、当量点を過ぎると[Cl]<[Ag]となり0.51 Vより大きくなります。当量点付近ではAg+濃度、Cl-濃度の急激な変化があるので、この濃度変化はEの急激な変化となって現れます。これが電位差滴定法で終点を測定できる理由です(逆に、当量点での電極電位を正確に測定すればKspを求めることができる)。
<<電位差滴定装置>>
滴定曲線を描く前に、滴定装置について述べておきます。滴定装置の一例を図-1に示します。指示電極は銀電極、参照電極としては塩素イオンによる汚染のないようHg/Hg2SO4電極を用いています。
<指示電極>
Ag+濃度、Cl-濃度に応答する指示電極として、塩化銀をコーティングした銀電極が用いられます。
<参照電極>
電極電位の基準となる参照電極として「水銀-硫酸水銀(I)電極」(以下、MSE)を用いた場合の電極電位について述べます。
電極の構成は、(Hg/Hg2SO4(s), K2SO4//)です。電極はガラスで加工され、先端の絡液部は多孔質セラミックスまたはスリーブになっています(この部分が塩橋に相当します)。この電極は塩化物イオンを含まないので、測定溶液に直接浸して用いることができます(*1)。
(*1) ダブルジャンクション型のAg-AgCl電極もよく使用される。
半電池反応および標準電位は、次のようになります。
Hg2SO4 + 2e- ⇆ 2Hg + SO42‐, Eo = +0.615V (vs. NHE)
内部液が0.5M K2SO4の場合、式量電位は、Eo’= +0.648V (vs. NHE)。
したがって、実際に測定される電極電位はNHEに対する電極電位より、-0.648Vだけ低い値となります。以後、MSEに対する電極電位をEmと表します。
<<理論的滴定曲線の作成>>
試料中の塩素イオンをAgNO3溶液で滴定することを考えます。試料中の塩化物イオン濃度をCco
mol/L, 液量をv mL、AgNO3溶液のモル濃度をCao mol/L, 滴下量をt mLとします。
<関係式>
滴定途中の全銀濃度、全塩素濃度をそれぞれCa, Ccとすると、
Ca = Caot/(v+t) = [Ag]+[AgCl↓]
Cc = Ccov/(v+t) = [Cl]+[AgCl↓]
([AgCl↓]は塩化銀沈殿が溶液中に溶けたと仮定したときの濃度)
したがって、Ca-Cc = [Ag]-[Cl]
[Ag] = (Ca-Cc)+[Cl]
Ksp = [Ag][Cl]なので、[Ag] = (Ca-Cc)-Ksp/[Ag]
整理して、[Ag]^2+(Cc-Ca)[Ag]-Ksp = 0
解の公式を用いて、[Ag]>0の値を採用すると、
[Ag] = {(Ca-Cc)+√((Ca-Cc)^2+4Ksp)}/2
したがって、電極電位は、
E = Eo +
0.0592log[Ag]
Em = (Eo-0.648) + 0.0592log[Ag]
(Em:MSEに対する電極電位)
したがって、tを与えるとEmの値を求めることができます。
<結果>
試料中の塩化物イオン濃度をCco=0.01 mol/L、液量をv=100 mL、AgNO3溶液のモル濃度をCao=0.1
mol/L、滴下量をt mL、とししたときの計算結果を図-2に示し、滴定曲線を図-3に示します(活量係数は考慮しない)。
<終点の検出>
実際の滴定においては、終点の検出は、滴定曲線を微分してその変曲点から求めることが一般的です(図-4)。変曲点法を用いればイオン強度や電極の経時的変化等で電極電位の値が変動しても終点の位置は変わりません。ただし、ブランクの測定等で変曲点がノイズに隠れて検出しづらい場合は当量点のEmを固定して求めることが適切な場合もあります。




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