カルボン酸はベンゼンのような無極性溶媒中で二量体を生成します。このように無極性溶媒中で二量体を生成するカルボン酸の分配平衡について考えます。
<<有機相で二量体を作る弱酸の分配平衡>>
たとえば酢酸のようなカルボン酸は、極性溶媒(イソプロピルエーテルなど)中では二量体をほとんど作りませんが、無極性溶媒(ベンゼンなど)中では次のような二量体を生成することが知られています。

カルボン酸をHAとし、HAの分配定数をKd, HAの酸解離定数をKaとします。有機相でHAは二量体((HA)2)を生成するものとし、二量体の生成定数をKpとします。

分配平衡は、
HAw ⇄ HAo
Kd = [HA]o/[HA]w
有機相では、HAoは二量体を生成するので、
2HAo ⇄ (HA)2
Kp
= [(HA)2]o/[HAo]2
水相では、HAwは酸解離をするので、
HAw ⇄ A- + H+
Ka = [H][A]/[HA]w
このとき分配比は、
D = ([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A])
平衡定数式を代入して整理すると、
D = Kd(1+2KpKd[HA]w)/(1+Ka/[H]) …①
となります*1)。①式から、Dは[H]と[HA]wの関数となることが分かります。
*1) ①式の誘導:
D = ([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A])
Kd = [HA]o/[HA]w
Kp = [(HA)2]o/[HAo]2
Ka = [H][A]/[HA]w
両相における各化学種濃度は、
[A] = Ka[HA]w/[H]
[HA]o = Kd[HA]w
[(HA)2]o = Kp[HA]o2 = KpKd2[HA]w2
したがって、カルボン酸の分配比は、
D = ([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A])
= (Kd[HA]w+2KpKd2[HA]w2)/([HA]w+Ka[HA]w/[H])
= (Kd+2KpKd2[HA]w)/(1+Ka/[H])
∴ D = Kd(1+2KpKd[HA]w)/(1+Ka/[H])
<<プロピオン酸のn-ヘキサンによる溶媒抽出>>
具体的に、プロピオン酸のn-ヘキサンによる溶媒抽出について、Ka=10^-4.8,
Kd=10^-2.6, Kp=10^3.9, プロピオン酸の全濃度Cao = 0.1 mol/LとしてDを求めます。
<近似式による計算>
①式(D = Kd(1+2KpKd[HA]w)/(1+Ka/[H]))において、低級の脂肪酸の場合は有機相への分配は非常に小さいので、
[HA]w≒CaofHA
と考えてよいから、次の近似式が成立します。
D = Kd(1+2KpKdCaofHA)/(1+Ka/[H]) …②
ここで、fHAは水相におけるHAの存在分率で、
fHA = [HA]/([HA]+[A]) = [H]/([H]+Ka)
さらに②式は、
(1) pHが低い場合([H]>>Ka)は、(1+Ka/[H])≒1, fHA≒1と考えてよいので、
D≒Kd(1+2KpKdCao)
(2) pHが高い場合([H]<<Ka)は、(1+Ka/[H])≒Ka/[H],
fHA≒0と考えてよいので、
D≒Kd[H]/Ka
と近似することが可能です。
(3) また、[H]=Kaの場合は、
D=Kd(1+KpKdCao)/2
となります。
<ソルバーによる計算>
エクセルのソルバー機能を用いてDを求めます。Dは[H]と[HA]wの関数なので、計算に当たってはpHを与件とし、pHA(=-log[HA]w)を変数としてソルバーを実行します。
各化学種濃度は、
[H]=10^-pH
[OH]=Kw/[H]
[HA]w=10^-pHA
[HA]o=Kd[HA]w
[(HA)2]o=Kp[HA]o2=KpKd2[HA]w2
[A-]=Ka[HA]w/[H]
[HA]total=[HA]o+[(HA)2]o+[HA]w+[A]
D=([HA]o+2[(HA)2]o)/([HA]w+[A])
ソルバーの実施条件:
与件:pH
目的セル:R=Cao-[HA]total=0
変数セル:pHA
<計算結果>
ソルバーおよび近似式②による計算結果(抜粋)を図-1に示します。近似式②による計算結果はソルバー解とよく一致しています。pHとlogDと関係を図-2に示します。近似解は紺色の点線、ソルバー解は赤色の実線で示し、両者はほぼ重なっています。なお図-2中には、二量体の生成を無視した場合(Kp=0)も示しています(緑色の点線)。pHが低い場合は二量体の生成が顕著ですが、pHが高くなると二量体の生成は無視できることが分ります。
<脂肪酸のKdとKpの値の比較>
いくつかの脂肪酸のKdとKpの値を下表にまとめました。脂肪酸の分子量の増加とともにKdは増加しています。また、極性溶媒よりも非極性溶媒のほうがKpは大きいことがわかります。



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