イオン交換とは、固体物質が溶液と接するとき、溶液中のイオンを固体物質中に取り込み、代わりに自身の持つイオンを溶液中に放出する現象のことです。この固体物質はイオン交換体と呼ばれ、またイオン交換に伴う反応をイオン交換反応といいます。イオン交換体と溶液の間のイオンにはイオン交換平衡が成立します。
このブログでは主に金属イオンのイオン交換について取り上げます。
<<基本的事項と用語>>
<イオン交換樹脂>
イオン交換樹脂はイオン交換基を持つ網目状の高分子化合物であり、陽イオン交換樹脂、陰イオン交換樹脂に大別されます。樹脂に限らず無機物も含めイオン交換特性を持つ物質を広く、イオン交換体といいます。
金属イオンを分離する場合、陽イオン交換樹脂としては、スルホ基(R-SO3H)をもつ強酸性陽イオン交換樹脂がよく用いられます。また、陰イオン交換樹脂としては第4級アンモニウム基(R-N(CH3)3OH)を持つ強塩基性陰イオン交換樹脂がよく用いられます(*1)。イオン交換樹脂は、架橋度によって特性(樹脂の硬さ、細孔の径、水中での膨潤の程度など)が変わるので注意が必要です。
(*1)
その他、カルボキシル基を持つ弱酸性陽イオン交換樹脂やアミノ基を持つ弱塩基性陰イオン交換樹脂がある。また、やや特殊なものとして、キレート樹脂がある。
<選択係数>
スルホ基を持つ陽イオン交換樹脂を例にとって、イオン交換平衡を説明します。-SO3-は母体から離れず、また電気的中性を保つため反対電荷のイオン(たとえばH+)を伴います。H+イオンは他の陽イオンと交換可能であり、イオン交換平衡が成立します。たとえば、Na+イオンとの間には、
R-SO3-H+ + Na+
⇄ R-SO3-Na+ + H+
K = [R-SO3-Na+]r[H+]aq/([R-SO3-H+]r[Na+]aq) …①
①式の平衡定数Kは選択係数と呼ばれます。
ここで、[R-SO3-Na+]rおよび[R-SO3-H+]rは固相(樹脂相)中のイオンの濃度、[H+]aqおよび[Na+]aqは水相中のイオンの容量モル濃度を表します(*2)。
(*2) [ ]rは樹脂相の濃度を表し、その単位は通常、乾燥した水素形樹脂1グラム当りのミリモル数で表す。[ ]aqは水相の濃度を表し、通常その単位はmol/Lである。厳密にいうと、[ ]を活量で表したときに真の平衡定数となる。
<交換容量>
乾燥樹脂1g当りまたは水中樹脂1mL当り吸着可能なイオンのミリ当量(meq=ミリモル数/イオンの電荷)を交換容量といいます。通常、陽イオン交換樹脂、陰イオン交換樹脂とも3~6 meq/g樹脂 (1~2 meq/mL樹脂)程度です。
<分配係数>
ある成分がイオン交換樹脂と溶液の間で平衡状態にあるとき、それぞれの相の成分濃度の比を分配係数(または分配比)といいます。樹脂相の成分濃度の取り方によって、質量分配係数(Dg)あるいは容量分配係数(Dv)が次のように定義されます(*3)。
Dg=(乾燥樹脂1g当りの成分量)/(溶液1mL当りの成分量)
Dv=(水中樹脂層1mL当りの成分量)/(溶液1mL当りの成分量)
酸濃度等によって樹脂の体積は変化するので、厳密な議論でDvを用いることは避けたほうがいいのですが、樹脂の体積は簡単に測定できるので、実用上はよく用いられます。ここでは、Dの添え字を省いた場合は、Dgを意味するものとします。
(*3)
文献によって、分配係数をK, Kd,
KDで表すことも多いが、ここでは選択係数をK、分配係数をDとする。他の文献にあたる場合は記号と用語に注意してほしい。
一般に、乾燥樹脂の質量と水中樹脂層の体積の関係(つまり層密度ρ)は、
Dv=ρDg
ρはおおよそ0.3~0.4(g/mL)程度です。
イオン交換を理論的に考察しようとするとき、基礎となるのは分配係数(Dg, Dv)であり、まず分配係数の調査が必要となります。分配係数は様々な文献やデータ集に記載されています(たとえば下記(*4))。陰イオン交換樹脂-HCl系の分配係数の例を図-1に示します。
(*4)文献:
① 多田、水池:「超微量成分分析2」第4章付表付図(1971)
② M. Marhol: “Ion exchangers in analytical chemistry.
Their properties and use in inorganic chemistry” (Comprehensive anal. chem.
XIV) (1982)
③ R. Caletka, V. Krivan: Talanta, 30, 543 (1983) 陽イオン交換樹脂-HF系
④ W. G. Faix et al.: Anal. Chem., 53, 1719(1981) 陰イオン交換樹脂-HF系
K. A. Kraus,
F. Nelson, Proc. Intern. Conf. Peaceful Uses At. Energy, Geneva, 1955, Vol. 7,
p.113,
United Nations, New York (1956)
<バッチ法、カラム沪過法、クロマトグラフィー>
イオン交換の操作方法としてはバッチ法とカラム法に大別され、カラム法はさらにカラム沪過法とクロマトグラフ法に分けられます。
<カラム>
カラムは、ガラスまたはプラスチック製の細い管であり、下端をすぼめて脱脂綿、グラスウール等を詰め、このなかにイオン交換樹脂を気泡が入らないように均一に詰めて使用します。分離性能を考える上で、カラムの内径およびイオン交換樹脂の長さ(高さ)が重要となります。カラムの一例を下図に示します。
<流入液、溶離液、流出液、溶出液>
カラムに入れる溶液を流入液、カラムに吸着している物質を取り除くための流入液を溶離液、カラムから出てくる溶液を流出液、カラムに吸着していた物質を含んだ流出液を溶出液といいます。吸着イオンを取り除くことを溶離といいます。
<<イオン交換樹脂の製法と構造>>
イオン交換樹脂の母体として最もよく用いられるのは、スチレンとジビニルベンゼンの共重合体です。
ビニル基を1個持つスチレンを重合すれば、線状重合体(a)ができます。
スチレンにビニル基を2個持ったジビニルベンゼン(DVB)を少量加えて重合すると、ポリスチレンの線状重合体の連結(架橋)が起き、3次元網目構造の樹脂状物質(b)が生成します。ジビニルベンゼンの添加割合(1~16%程度)によって樹脂の特性(樹脂の硬さ、細孔の径、水中での膨潤の程度など)が変化します。通常、8%DVBの樹脂がよく用いられます。
この重合体(母体)を硫酸でスルホン化してベンゼン環にスルホ基(-SO3-H+)を導入すると、強酸性陽イオン交換樹脂(c)が得られます。またベンゼン環にたとえば第4級アンモニウム基(-CH2N+(CH3)3Cl-)を導入すると、強塩基性陰イオン交換樹脂が得られます。
市販されている代表的なイオン交換樹脂を下表に示します。
<<イオン交換平衡>>
H+を吸着している陽イオン交換樹脂とNa+の交換を考えます。樹脂相のH+をHr, 水相のH+をHaq, また樹脂相のNa+をNar, 水相のNa+をNaaqとすると、
Hr + Naaq ⇄ Haq + Nar
KH,Na = [H]aq[Na]r/([H]r[Na]aq)
が成立します(KH,Naは選択係数)。
また、Na+の分配係数は、Na+の樹脂相中の全濃度をC(Na)r, 水相中の全濃度をC(Na)aq とすると、
D = C(Na)r/C(Na)aq
Na+が他に錯生成などの副反応を起こさない場合は、
C(Na)r = [Na]r
C(Na)aq = [Na]aq
なので、
D = [Na]r/[Na]aq
したがって、
D = KH,Na([H]r/[H]aq)
ここで、Na+が微量で、樹脂相がほとんどH+で占められている場合は、[H]rはほぼ一定なので、
D = (定数)/[H]aq
logD =(定数) - log[H]
となります。つまりlogDはpHに対して傾き+1の直線となります。
同様にして、Mn+の陽イオンに関しては、微量のMn+が他に錯生成などの副反応を起こさず、樹脂相がほとんどH+で占められている場合、
nHr + Maq ⇄ nHaq
+ Mr
KH,M = [H]aqn[M]r/([H]rn[M]aq)
したがって、
D = [M]r/[M]aq = KH,M([H]r/[H]aq)n
logD =(定数) - n×log[H]
つまりMn+の陽イオンに関して、logDはpHに対して傾き+nの直線となります。
金属イオンMn+が錯生成などの副反応を起して電荷が変化した場合は、イオン交換樹脂に対する挙動が大きく変化します。さらにこれらの知見からイオン交換のバッチ法による分離の可否を推測することができます。これらのことについては次回以降報告します。






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