イオン交換法を利用した金属イオンの分離において、バッチ法はカラム法に比べて操作が簡便かつ短時間で済む利点があるのですが、分離効率はあまりよくありません。しかし分配係数が大きく離れている場合、バッチ法の使用は有効です。
今回は、選択係数が既知の場合、Na形陽イオン交換樹脂を用いて二種類の金属イオンの分配係数の値を理論的に計算し、金属イオンの分離が可能かどうかについて推定します。
<<バッチ法とカラム法>>
バッチ法は、金属イオンを含む溶液に特定のイオン形のイオン交換樹脂(たとえばNa形)を加え、振盪・放置してイオン交換を行う方法です。平衡到達後、二相をろ過あるいは遠心分離によって分離することで金属イオンの分離が可能となります。
たとえば二種類の金属イオンのうち、どちらか一方が錯体を作って陰イオンになる場合などにバッチ法がよく利用されます。目的イオンが固相に捕集される場合は酸などを用いて溶出させ、分析試料などに供するのが一般的です。
カラム法は、イオン交換樹脂を詰めたガラスまたはプラスチック製の細長い管(カラム)に試料溶液を注いで溶離液を流しイオン交換を行う方法です。この方法は分離効率が良いので、広く様々な分離に用いられますが、操作時間が長くなるという欠点を持っています。
カラム法はカラムろ過法とクロマトグラフ法に分けられます。カラムろ過法はある成分を樹脂に吸着させ、他の成分を流出液に出す方法です。クロマトグラフ法は流出液をいくつもの部分に分けて採取し成分を分離分離する方法です。
ここでは、バッチ法による分離について説明します。
<<分配係数と吸着率>>
H形陽イオン交換樹脂(Dowex 50-X8)に対する金属イオンMn+の選択係数(KH.M)の値を次に示します。
また、前回(2025-10-12)述べたように、金属イオンMn+のNa形陽イオン交換樹脂(Dowex 50-X8)に対する選択係数(KNa.M)は次のように計算できます。
KNa,M = [Na]aqn[M]r/([Na]rn[M]aq)
= KH,M/(KH,Na)n
Na形陽イオン交換樹脂に対する分配係数(D)、吸着率(E%)は、次の通りです。
D = [M]r/[M]aq = KNa,M([Na]r/[Na]aq)n
E% = D/(D+V/G)×100
(V:水相の体積(mL), G:樹脂相の乾燥樹脂質量(g))
逆に、E(%)からDを求めるときは、
D=(E%/(100-E%))(V/G)
たとえば、
E=99.9%のとき、D≒(V/G)×10^3
E=0.1%のとき、D≒(V/G)×10^-3
となります。
ここでもし金属イオンMが非常に微量で、Na+とMn+のイオン交換が平衡に達した後も樹脂相中の[Na]rと水相中の[Na]aqの値が事実上変化しないとすると、[Na]rは交換容量、[Na]aqはNa+の初濃度に一致すると考えることができます。
また、Mn+が水相中で配位子Lと錯形成反応を起こし、Mn+以外の化学種MLiを作り、さらに陽イオン交換樹脂に吸着するのはMn+イオンのみとすると、分配係数は、次のようになります。
D = (KNa,M([Na]r/[Na]aq)n)/αM
ここで、αMはMに関する副反応係数です。
αM = 1+β1[L]+β2[L]2+…
<<バッチ法による金属イオンの分離>>
金属イオンM1, M2 (D1>D2)について、バッチ法で分離が可能かどうか検討します。分離可能の判断基準を、E1% > 99.9% かつ E2% < 0.1%、とします。
<例題1>
微量のカルシウムおよび銅(どちらも10^-3 mol/L以下)、0.01 mol/L HEDTA(H3X)(*1)および0.02
mol/L NaClを含み、pHを適切に調整した溶液100
mLに、交換容量が5 meq/gのNa形陽イオン交換樹脂2 gを加え振盪して平衡にしたとき、各pHにおけるカルシウム、銅の分配係数および吸着率を求めよ。 また、カルシウムおよび銅を分離できるpH範囲を求めよ。 ただし、H3Xの酸解離定数およびCa, Cuとの錯生成定数は、pKa1=2.72, pKa2=5.41,
pKa3=9.81; logKCaX=8.0, logKCuX=17.6 とする。
(*1) HEDTA=(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミントリ酢酸。HEDTAはEDTAよりも溶解度が大きく、低pHでも比較的高濃度で使用できる特長を持つ。
(解)
Ca, CuをMで表すと、Na形陽イオン交換樹脂に対する選択係数は、次式で与えられる。
KNa,M = [Na]aq2[M]r/([Na]r2[M]aq)
= KH,M/(KH,Na)2
交換容量に比べてMが微量な場合、[Na]r,
[Na]aqは初濃度に同じとみなすことができる。
[Na]r = 5 mmol/g
[Na]aq = 0.02 mol/L
また、MがHEDTA(=H3X)と1:1錯体MX-を生成し、これ以外の副反応がなく、M2+イオンのみが陽イオン交換樹脂に吸着し、さらにMに比べHEDTAが多量に加えられた場合、分配係数および吸着率は、
D = (KNa,M([Na]r/[Na]aq)n)/αM
αM = 1+KMX[X]
[X] = CX/αX
αX = 1+[H]/Ka3+[H]2/(Ka3Ka2)+[H]3/(Ka3Ka2Ka1)
CX = 0.01 mol/L
E% = D/(D+V/G)×100
となる。したがって、[H]を与えればDとE%を求めることができる。
エクセルを用いて計算した結果の一例を図-1に示す。E%=0.01または99.9%を与えるpHの値についてはソルバーを用いて求めた。
図-1
また、pHとlogDの関係を図-2に示し、pHとE%の関係を図-3に示す。カルシウムおよび銅を分離できる(Caを樹脂相に吸着し、Cuを水相に残す)pH範囲はおよそpH=3.0~4.5である。
<例題2>
微量のカルシウムおよびマグネシウム(どちらも10^-3 mol/L以下)、0.01 mol/L HEDTA(H3X)(*1)および0.02
mol/L NaClを含み、pHを適切に調整した溶液100
mLに、交換容量が5 meq/gのNa形陽イオン交換樹脂2 gを加え振盪して平衡にしたとき、各pHにおけるカルシウム、マグネシウムの分配係数および吸着率を求めよ。 またpHの調節により、カルシウムとマグネシウムを分離できるかどうかを検討せよ。 ただし、H3Xの酸解離定数およびCa, Baとの錯生成定数は、pKa1=2.72, pKa2=5.41,
pKa3=9.81; logKCaX=8.0, logKMgX=5.2 とする。
(解)
解き方は例題-1と同様である。
Ca, MgをMで表すと、Na形陽イオン交換樹脂に対する選択係数は、次式で与えられる。
KNa,M = [Na]aq2[M]r/([Na]r2[M]aq)
= KH,M/(KH,Na)2
交換容量に比べてMが微量な場合、
[Na]r = 5 mmol/g
[Na]aq = 0.02 mol/L
また、MがHEDTA(=H3X)と:1錯体MX-を生成し、これ以外の副反応がなく、M2+イオンのみが陽イオン交換樹脂に吸着し、さらにHEDTA>>Mの場合、分配係数および吸着率は、
D = (KNa,M([Na]r/[Na]aq)n)/αM
αM = 1+KMX[X]
[X] = CX/αX
αX = 1+[H]/Ka3+[H]2/(Ka3Ka2)+[H]3/(Ka3Ka2Ka1)
CX = 0.01 mol/L
E% = D/(D+V/G)×100
となる。したがって、[H]を与えればDとE%を求めることができる。
pHとlogD、E%の関係を図-4に示す。カルシウムおよびバリウムを分離できる適切なpH範囲は得られないことが分かる(たとえば、pH=8のとき、E%はCa: 9.8%, Mg: 96.2%であった)。
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これらの計算結果は、定数値等の不確さのため必ずしも正確とはいえないが、実験に先立っての予備知識としては役に立つと思われます。
D = (KNa,M([Na]r/[Na]aq)n)/αM
E=99.9%のとき、D≒(V/G)×10^3
E=0.1%のとき、D≒(V/G)×10^-3
から考えると、金属イオンM1とM2の分離にバッチ法が適用できるかどうかを見極めるためには、選択定数よりもαMつまり錯生成定数(KML1,KML2)のほうが重要であり、n価のイオンどうしの分離の場合、目安として|logKML2-logML1|>6程度は必要でしょう。それ以下の場合はカラム法を考えるほうが妥当と思われます。次回はカラム法について考えます。





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