前回(2025-10-26)の続きです。今回は、溶離曲線が近似的に正規分布になるとして、溶離曲線の式を求め、重要なパラメータである溶離曲線の幅・理論段数・理論段高さ等について述べます。
<<二項分布の正規分布近似>>
前回は、n×v mLの溶離液がカラムに加えられた後、カラムの最終段pにおける間隙溶液中の成分分率Ln, pは次式で与えられることを示しました。
Ln, p = n!/(p!(n-p)!)(Dn-p/(1+D)n+1)
ここで、溶出液の各フラクションの試料成分の濃度をC (mol/L)とすると、溶液は最終段から溶出するので、
C = QLn, p/v
ここで、
Q:試料成分の全物質量(mmol)
v:理論段1段の間隙体積(mL)
となります。
Ln, pは二項分布に従います。しかし、二項分布の式に含まれる階乗の項は、数値が大きくなると計算に手間がかかり、式の取り扱いがめんどうです。
統計学の教えるところによれば、n, pが十分大きいとき、二項分布は正規分布(ガウス分布)で近似できることが知られています(証明略)。溶離曲線を正規分布で近似すると、そのあとの取り扱いが非常に楽になります。
溶離曲線が正規分布に従えば、カラムから出てきた溶出液の濃度C (mol/L)は、次式で与えられます。
C = C*exp{-N(V-V*)^2/(2VV*)} …①
ここで、
C:溶出液体積Vのときの溶出液濃度(mol/L)
C*:溶出液の最大濃度(*1) (mol/L)
V:溶出液体積(mL)
V*:最大濃度における溶出液体積(mL)
N:カラムの理論段数
もし、ここでV*とVの差が小さければ、VV*≒V*^2となるので、
C = C*exp{-N(V-V*)^2/(2V*^2)} …①’
となります。
(*1) C* =(Q/V*)√(N/(2π))で与えられる。
<<溶離曲線のパラメータ>>
<最大濃度における溶出液体積V*>
前回(2025-10-26)述べたように、溶出液の最大濃度(溶離曲線のピーク)における溶出液体積V*は、
V* = Vi+GDg …②
Vi:カラム中樹脂の全間隙体積(mL)
G:カラム中の乾燥イオン交換樹脂の質量(g)
Dg:質量分配係数 (mL/g)
となります。
また、もし分配係数が容量分配係数Dvで与えられたときは、
V* = Vi+VresinDv …②’
Vresin:カラム中のイオン交換樹脂の容積(mL) = カラムの断面積(a cm2)×樹脂柱長さ(L cm)
Dv:容量分配係数 = (水中樹脂1mL当りの成分量)/(溶液1mL当りの成分量)(*2)
(*2) Dv=ρDg (ρ: 密度。一般のイオン交換樹脂ではρ≒0.3~0.4 g/mL)
分配係数の値が十分大きいときは、Viの値(一般にVi≒0.4Vresin)は無視することができます。
V* ≒ Dg×G ≒Dv×Vresin …②’’
このように、溶離曲線の最大濃度における溶出液体積V*は分配係数の関数となります。
<理論段高さ>
理論段一段当りの高さh(理論段高さ) (HETP: Height
equivalent to a theoretical plate )は樹脂柱の長さ(L)を理論段数(N)で割った値で与えられます。
h = L/N …③
<μ,σとV*, Nの関係>
正規分布は、平均値μおよび標準偏差σを用いて、
f(x) = (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)} …④
で表されます。
したがって、溶離曲線が正規分布を取り、VがV*の付近であれば、①’との比較により、
μ = V* …⑤
σ^2 = V*^2/N …⑥
σ = V*/√N = V*√(h/L) …⑦
の関係が得られます(*3)。
(*3) C*=(Q/V*)√(N/(2π))=Q/√(2πσ^2)なので、①‘および④式からC=Qf(V)となる。
したがって、V*およびN(=h/L)が分かればμおよびσが分かり、統計的手法を用いて溶離曲線を取り扱うことが可能となります。これまで述べた関係を図-1に示します。
<溶離曲線の面積割合とμ,σの関係>
溶離曲線において溶離曲線下の全面積(St)は、カラムに添加した試料成分の全物質量(Qt)を表します。したがって、たとえば溶出液0 mLからVx mLまでの溶離曲線面積(Sx)を全面積(St)で割った値は、Vx
mLまでに溶出した試料成分量(Qx)を全物質量(Qt)で割った値に等しくなります。この値をεと置くと、
Sx/St = Qx/Qt
=ε (0≦ε≦1)
つまり、εは成分のカラムからの溶出割合(溶出率)を示し、また1-εはカラムへの吸着割合(吸着率)を示します。
エクセルには正規分布に関する関数が組み込まれています。
正規分布関数(f(x)):
f(x) = (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)}
累積分布関数(F(x)):
F(x) = ∫-∞x f(x)dx = ∫-∞x (1/√(2πσ^2))exp{-(x-μ)^2/(2σ^2)}dx
について、
f(x) =NORM.DIST(x,μ,σ,FALSE) または =NORM.DIST(x,μ,σ,0) …⑧
F(x) =NORM.DIST(x,μ,σ,TRUE) または =NORM.DIST(x,μ,σ,1) …⑨
で求めることができます。
また、累積分布関数の逆関数については、
-∞からxまでのF(x)=εを与えるxについて:
x =NORM.INV(ε,μ,σ) …⑩
で求めることができます。
したがって、溶離曲線が正規分布となる場合、溶離曲線は⑧式で与えられ、Vxを与えたときのVxまでの溶離曲線下の面積割合つまり溶出率εは⑨式で求められます。Vxからの溶離曲線下の面積割合つまり吸着率は(1-ε)で与えられます。またεを与えたときのVxは⑩式で与えられます。
その様子を図-2に示します。
図-2において、溶離曲線(緑線)および面積割合の曲線(赤線)は、μ=
V* =20, σ= 5 とすると、
f(x)
=NORM.DIST(x, 20 , 5 ,FALSE)
F(x) = NORM.DIST(x, 20 , 5 ,TRUE)
で与えられます。
また、図-2において、V=V*+2σつまりx=μ+2σ=20+2×5=30におけるF(x)は、
F(30) = NORM.DIST(30, 20 , 5 ,TRUE) = 0.977
したがって、図のピンク色部分の面積の割合(溶出率)は、全体の97.7%ということになります。
また逆に、ε= 0.977が与えられると、
x =NORM.INV(0.977, 20, 5)=30
となります。
V = V*+kσにおいて、係数kは信頼係数と呼ばれます。V*およびσが既知のとき、kの値を決めると(上の例ではk=2)εの値が決まります。またεを決めるとkの値が決まります。k(信頼係数)とε(溶出率)の関係を下表に示します。たとえば、溶出率が0.01%となるときのk値は-3.09、溶出率が99.9%となるときのk値は+3.09です。

<<カラム法による成分分離>>
<分離度>
金属イオンMa, Mb (Da<Db)があり、カラム法でMaとMbの分離可能かどうかの判断指標として分離度を考えます。ここでは、分離度(Rs:Resolution)を溶離曲線の2つのピークの頂点間の距離を溶離曲線の幅の平均値で割った値と定義します。
Rs = 2(Vb*-Va*)/(Wa+Wb)
溶離曲線が正規分布をしていると仮定し、分離度で用いる溶離曲線の幅を
Wa = 4σa, Wb = 4σb
とすると、
Rs = (Vb*-Va*)/(2(σa+σb)) …⑪
Va*とVb*が非常に近く、σa=σb=σとすると、分離度は次式で与えられます。
Rs = (Vb*-Va*)/(4σ) …⑪’
<分離度と溶離曲線の重なり具合>
金属イオンMa, Mb (Da<Db)があり、その溶離曲線が正規分布を取り、かつMaとMbの標準偏差が同じ場合を考えます。
金属イオンMa, Mbの溶離帯の重なり具合は、溶離曲線の面積の重なり具合で判断できます。その重なり具合の例を図-3に示します。
図-3

信頼係数kと面積割合いの関係表(上記)から分かるように、たとえばMaが99.9%溶出したときMbが0.1%以下であるためには、kσ値は3.09σ以上が必要であり、分離度Rsは2×3.09σ/4σ=1.55以上になる必要があります。また、Maが99.99%溶出したときMbが0.01%以下であるためには、分離度Rs=2×3.72σ/4σ=1.86以上が必要です。
「溶離曲線の幅」にはいくつかの異なる定義があります(ピーク高さの1/eにおける幅(*4)、ピーク高さの1/2を与える幅(*5)、標準偏差の4倍(4σ)など)。このように「溶離曲線の幅」という用語は議論に混乱が生じやすいので、今後は標準偏差(σ)と信頼係数(k)を用いて話を進めます。
(*4) 溶離曲線が正規分布に従うならば、①‘式から、
C/C* = exp{-N(V-V*)^2/(2
V*^2)}
CをCe = C/e (eは自然対数の底)で置き換えると、
Ce/C* = exp{-N(Ve-V*)^2/(2 V*^2)} = e^-1
つまり、
N = 2V*^2/(Ve-V*)^2
ここで、Ceを与える溶離曲線の幅をWeとすると、
We = 2(Ve-V*)
N = 8V*^2/We^2
したがって、
We = 2√2×V*/√N
となる。
(*5)
JISや日本薬局方では、溶離曲線の幅としてピーク高さの1/2を与える幅(W1/2)を用いている。


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