これまで、主に陽イオン交換樹脂を用いた金属イオンの分離について取り扱ってきました。今回は陰イオン交換樹脂の利用を考えます。金属イオンは塩化物イオンと様々な程度で塩化物錯体を作ります。特定の塩化物イオン濃度において生成した塩化物錯体(陽イオン、中性錯体、陰イオン)の安定度は金属イオンの種類によって異なり、陰イオン交換樹脂に対する挙動も異なります。したがって、塩化物イオン濃度をコントロールすることによって、金属イオンの相互分離が可能となります。
<<金属イオンの分配係数とHCl濃度の関係>>
陰イオン交換樹脂に対する金属イオンの分配係数とHCl濃度の関係は、Krausら(*1)によって詳しく調べられています(図-1)。
(*1) K. A. Kraus, F.
Nelson:Proc. Intern. Conf. Peaceful
Uses At. Energy, Geneva, 1955, Vol. 7, p.113, United Nations, New York
(1956)
この図を見れば分かるように、金属イオンはおおよそ次の4つのグループに分類できます。
(1) 事実上陰イオン交換樹脂に吸着しない元素:アルカリ金属, アルカリ土類金属, Ni(II),
Al(III), 等
(2) HCl濃度の高いところでわずかに吸着する元素:Ti(IV), Fe(II), Cu(II), As(III), 等
(3) HClのある特定濃度で吸着が最大になる元素:Fe(III), Zn(II), Cd(II),
Sn(IV), Pb(II), Sb(III), 等
(4) HCl濃度の増加とともに吸着が減少する元素:Ag(I), Au(III), Pd(II),
Cu(I), Hg(II), 等
図-1から読み取った値([Cl],
Dv)および(2025-11-09)で述べた判断基準:
Dgb>100~300 (Dvb>40~100)
Dga<3~10 (Dga<1~4)
を用いれば、実験に先立って可能な金属分離法スキームを事前に組み立てることができます。
<Fe(III),
Co, Niの分離>
たとえば、陰イオン交換樹脂カラムを用いてカラム沪過法によりFe(III), Co, Niを順次分離する方法を考えます。
図-1からFe(III), Co,
Niについて
HCl:9 Mのとき、Dv,fe>10^4
, Dv,co≒40 , Dv,ni<1;
HCl:4 Mのとき、Dv,fe≒300 , Dv,co<1, Dv,ni<1,
HCl:0.5 Mのとき、Dv,fe<1 , Dv,co<1, Dv,ni<1
とおおよそ読み取れます。したがって、9 M HClで溶離すればNiのみが溶出し、Fe(III)はカラムに強く吸着して残り、Co (Dv,co≒40)はある程度カラムを下降するもののカラムの長さが十分であれば溶出はしないであろう、と推測できます(*2)。
また、4
M HClの溶離液に変更するとCo (Dv,co<1)は溶出し、Fe(III) (Dv,fe≒300)は溶出しないであろうと考えられます。
さらに、0.5 M HClの溶離液に変更すると、Fe(III) (Dv,fe<1)が溶出すると考えられます。
(*2)
Niは溶出するが、Coは溶出しないカラムの長さを(2025-11-09)の方法により求めると、Dv,Ni=1, Dv,Co=40, εNi=0.99999, εCo=0.00001,
理論段高さ: h=0.1 cmとして、必要最小限なカラムの長さは2 cmとなる。テーリング等の危険性を考慮に入れると、カラムの形状はφ1 cm×10 cm程度が妥当であろうと思われる。
<<金属イオンの分配係数の推定>>
亜鉛(Zn2+)を例にとって、塩酸溶液での陰イオン交換樹脂に対する分配係数を計算で求めます。図-1から分かるように、Zn(II)は塩酸溶液から陰イオン交換樹脂に吸着し、2 M HClのとき、およそDv,ze=700です。この値を基に、塩酸の他の濃度におけるDv,znを計算します。
<亜鉛の塩化物錯体>
亜鉛(Zn2+)は塩化物イオン(Cl-)と様々な塩化物錯体(ZnCl+,
ZnCl2, ZnCl3-, ZnCl42-)を作ります。前提として十分な酸が加えられていてZnの水酸化物は生成しないものとします。
平衡式は、
Zn2+ + Cl- ⇄ ZnCl+
Zn2+ + 2Cl- ⇄ ZnCl2
Zn2+ + 3Cl- ⇄ ZnCl3-
Zn2+ + 4Cl- ⇄ ZnCl42-
生成定数は、
β1 =
[ZnCl]/([Zn][Cl])
β2 = [ZnCl2]/([Zn][Cl]^2)
β3 = [ZnCl3]/([Zn][Cl]^3)
β4 = [ZnCl4]/([Zn][Cl]^4)
亜鉛の全濃度をCMとすると、物質バランスは、
CM = [Zn]+[ZnCl]+[ZnCl2]+[ZnCl3]+[ZnCl4]
= [Zn](1 + β1[Cl] + β2[Cl]^2 + β3[Cl]^3 + β4[Cl]^4) = [Zn]αM
ここで、αM = 1 + β1[Cl] + β2[Cl]^2 + β3[Cl]^3 + β4[Cl]^4
となります。
イオン強度μ=2.0のとき生成定数の値は次の通りです(*3)。
logβ1 =-0.49
logβ2 = 0.02
logβ3 = -0.1
ZnCl42-の生成定数は不明ですが、μ=0および4.0における値から推定して、μ=2.0のときの値はlogβ4<0と考えられます。
*3) R. M. Smith and A. E. Martell, "Critical Stability Constants,
vol.4"
<分配係数Dv,znの計算>
前提として、生成した塩化物錯体のうちZnCl3-だけが陰イオン交換樹脂に吸着するものとします。Cl-濃度が非常に高い場合はZnCl42-が生成し陰イオン交換樹脂に吸着する可能性がありますが、ここではZnCl42-の生成はないものとします([Cl]
4 mol/L以下)。
(2025-10-12)で述べたように、ZnCl3-イオンのCl型陰イオン交換樹脂に対する選択係数をKとして、Dv,znは次のようになります。
Dv,zn = [ZnCl3]r/CM
= [Cl]rK/([Cl]aqαZnCl3) …①
ここで、K = [ZnCl3]r[Cl]aq/([ZnCl3]aq[Cl]r)
αZnCl3 = CM/[ZnCl3]aq
= αM[Zn]/[ZnCl3]aq
= αM/(β3[Cl]3)
①式で[Cl]rKは不明ですが、2 M HClのときDv,ze=700とすると、
[Cl]rK = 2167
したがって、2 M HClにおいて①式は次式のようになります。
Dv,zn = 2167/([Cl]aqαZnCl3)
エクセルで、修正デービス式(2024-09-08)を用いて各塩酸濃度におけるαM, αZnCl3の値を求め、塩酸濃度が変わっても[Cl]rK=2167は常に一定であるとしてDv,znを求めました。
計算結果(一部)を図-2, -3に示し、計算で求めたlog Dv,znとHCl濃度関係を図-4に示します。
<<亜鉛鉱石中のZnの定量>>
JIS
M 8124によると、亜鉛鉱石中のZnの定量はEDTA滴定で行いますが、滴定の妨害となるCu, Fe, Cd, Ni等の不純物の除去に陰イオン交換分離法が用いられます。JIS M
8124の定量方法の概要は次の通りです。
「試料を塩酸、硝酸、硫酸で分解する。Pbは硫酸鉛として沈殿分離する。As, Sb, Sn, Seを含む場合は臭化水素酸を加えて加熱して臭化物として揮散除去する。塩酸で溶解後、2 M塩酸溶液にし、2 M塩酸でコンデショニングしたCl型陰イオン交換樹脂(内径1.0~1.2cm, 水で膨潤させた樹脂16
mL)に注入する。2 M 塩酸100 mLで溶離する。この時、ZnおよびFe(III)は樹脂に吸着しCu(II)等の不純物を溶出する。さらにアスコルビン酸-2 M塩酸溶液100 mLおよび2 M塩酸100 mLを順次注入してFe(III)をFe(II)に還元して溶出する。さらにアンモニア-塩化アンモニウム溶液(塩化物イオン濃度0.4 M)180 mLを加えてZnを溶出する。この溶出液をEDTA滴定用試料に供する。」
この分析法について考察します。
この分析法では主成分であるZnを樹脂に吸着させるので、Znの交換容量について調べると、使用する樹脂の交換容量は1.4 meq/mL以上必要と規定されているので、樹脂16 mLでは22.4 meq以上となります。また、Zn試料採取量は0.5 g, 定量範囲は2~62%と規定されているので、Znの注入量は最大でも9.5 meqであり、吸着量は樹脂容量の42%以下となります(*4)。
(*4) 一般に、マトリックス成分を吸着させる場合は、必要なカラム長(L)は、
L>(1.5~2)×(w/M)×(吸着イオンの価数)/(Cpv×S)
[1.5~2:安全係数、w:試料質量(mg)、M:モル質量(g/mol)、S:カラムの断面積(cm2), 交換容量Cpv:1~2(meq/mL)]
となる必要がある。
2 M HClのとき、図-1からおよそ、Dv,ze=700, Dv,cd=10^3, Dv,feIII=10, Dv,feII<1, Dv,cu<1と読み取れます。したがって、2 M 塩酸100 mLを加えた時点で、Zn, Cdは樹脂に吸着し、Cu(II)は溶出します。Fe(III)は不完全に吸着すると思われます(Dv,feIII=10)。しかし、アスコルビン酸-2 M塩酸溶液を加えることにより、Fe(III)はFe(II)に還元されて溶出します(Dv,feII<1)。
アンモニア-塩化アンモニウム溶液(塩素イオン濃度0.4 M)180 mLを加えると、Znはアンモニア錯体(Zn(NH3)42+)となり、陰イオン効果樹脂から溶出します。
このJIS法では、PbはPbSO4として、As, Sb, Sn, Seは臭化物として事前に分離しているので滴定には影響を与えません。Cdについては、Znと挙動がほぼ一致するため、滴定用試料に含まれて滴定を妨害するので補正が必要です。




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