Ti, Zr, Nb,Ta, Wなどの金属や合金を溶解するためによく用いられる溶解剤は硝酸+フッ化水素酸です。したがってこれらの金属・合金の分析でイオン交換分離を行う場合、そのまま硝酸+フッ化水素酸系で溶離するのが簡便です。今回は、硝酸+フッ化水素酸系でのイオン交換を取りあげます。
<<分配係数とHNO3+HF濃度の関係>>
硝酸+フッ化水素酸系でのイオン交換樹脂に対する金属イオンの分配係数は、Huff, Danielsson,
Faixらによって詳しく調べられています(*1)。図-1-(a), -(b)にDanielssonのデータをまとめました。図-1-(a)は陰イオン交換樹脂(Dowex 1X8)に対するDgであり、また図-1-(b)は陽イオン交換樹脂に対するDgです(Dg≦1, 1~10, 10~100, 100~1000, Dg≧1000に分類した)。
(*1) E. A. Huff, Anal. Chem. 36, 1921 (1964)
L. Danielsson, Acta Chem. Scand. 19, 1863 (1965)
W. G. Faix, et al., Anal. Chem. 53, 1719 (1981)
Faixらによる、Ti(IV), Nb(V), Ta(V), W(VI)に関する陰イオン交換樹脂(Dowex-1X8)に対するDgの値を図-2に示します。図において、(1:9), (1:3), (1:1)は15 M HNO3と24 M HFの体積混合比を示しています。
<陰イオン交換樹脂に対する挙動>
図-1-(a)から分かるように、0.1 M HNO3+1M HFでは、Ta(V), Sn(IV), Ti(IV), W(VI),
Zr(IV), Nb(V), Sb(V)が陰イオン交換樹脂に強く吸着(Dg≧100)します。Mo(VI), As(V), V(V)は中間的挙動(Dg:10~100)を示し、Sb(III)~Pb(II)はほとんど吸着しません(Dg≦10)。
1 M HNO3+1M HFでは、Ta(V)のみが強く吸着(Dg≧100)し、Sb(V)が中間的挙動を示すもののその他のイオンはほとんど吸着しません。このように吸着には硝酸濃度が大きく影響しています。
Faixらのデータ(図-2)を見ても、陰イオン交換樹脂に対する分配係数に硝酸、フッ化水素酸濃度が影響し、硝酸濃度が高くなると吸着能力は低くなる傾向にあるようです(Nb(V)はやや特異な挙動を示す)。
<陽イオン交換樹脂に対する挙動>
図-1-(b)から分かるように、0.1 M HNO3+1M HFで、Ag(I), Cd(II), Co(II), Cu(II),
Mg(II), Mn(II), Ni(II), Zn(II), Pb(II)が陽イオン交換樹脂に強く吸着(Dg≧100)します。Bi(III)は中間的挙動(Dg:10~100)を示し、その他のイオンはほとんど吸着しません(Dg≦10)。
1 M HNO3+1M HFでは、Ag(I)~Pb(II)が中間的挙動を示し、その他のイオンはほとんど吸着しません。陽イオン交換においても硝酸濃度が大きく影響しています。
<<HNO3-HF系におけるイオン交換分離>>
上で述べたような吸着する成分と吸着しない成分間の分離は比較的簡単です。
たとえば、チタン金属・合金中の微量のCu, Znの分離-定量を考える場合(*2)、「HNO3-HFで試料を溶解して、陽イオン交換樹脂あるいは陰イオン交換樹脂を用いて0.1 M HNO3+1M HFで溶離すればTiとCu, Znを分離することができる」と推測できます。このとき陽イオン交換樹脂を用いれば、Cu, Znが樹脂に吸着し、Tiが樹脂を通過します。また、陰イオン交換樹脂を用いれば、Tiが樹脂に吸着し、Cu, Znが樹脂を通過します。
(*2) ICP-MS法でTi中のCu, Znを定量する際、Cu+, Zn+イオンに対してチタンの酸化物イオン・窒化物イオンが妨害を与える(例えば、63Cu+に対する47Ti16O+, 49Ti14N+、また64Zn+に対する48Ti16O+, 50Ti14N+など)。このような妨害の除去には、イオン交換による分離が有効であろう。
目的成分(Cu, Zn)を吸着させる場合とマトリックス成分(Ti)を吸着させる場合について、両者の特徴は次のとおりです。
● 目的成分(Cu, Zn)を吸着させる方法
<長所>
・微量な目的成分を吸着させる場合、イオン交換樹脂の量が少量でよい。したがって、溶離が短時間で済む。
・適切な溶離剤を用いれば溶出液が少量で済み、濃縮効果が期待できる。
<短所>
・試薬の中に目的成分の不純物が含まれると、分離前・分離中に吸着した目的成分(たとえばコンデショニング溶液中の不純物)によって樹脂が汚染され、ブランク値上昇の原因となる。
・吸着した目的成分の溶出のための適切な溶離剤を探す必要がある。
● マトリックス成分(Ti)を吸着させる方法
<長所>
・試薬による汚染が少なく、ブランク値が小さい。
<短所>
・イオン交換樹脂の必要量が多くなり、溶離に時間がかかる。
・濃縮効果が期待できないので、溶出液の加熱操作等により濃縮する必要がある。
それぞれの方法には一長一短があり、どちらのやり方を用いるかはマトリックスと目的成分の性質や分離の目的により異なります。いずれの方法をとるにせよ、カラムろ過の操作は時間がかかります。実験に先立って理論的な考察をしておくと、実験のおおよその見通しを立てることができ、実際の最適条件を探すためのむだな検討時間を減らすことができます。
吸着する成分と吸着しない成分間の分離は比較的簡単ですが、同じグループの成分同士の分離は、困難を伴います。しかし、同じグループ内でも、分配係数に差が出るような適切な条件を選べば分離が可能となります。ここではTaとNbの分析について、JISに採用されている方法を紹介します。
<タンタル中の不純物の定量方法(JIS H 1699)>
イオン交換分離法によるTa中の他成分の定量における操作手順は次の通りです。
(1) カラムは、一端をすぼめ脱脂綿を詰めたポリエチレン管(長さ約250 mm,内径10 mm)に強塩基性陰イオン交換樹脂(粒径75〜150μm) 10 mLを詰めたものを用い、水酸化カリウム溶液、水、NHO3+HF溶液(A)[1 M HNO3+5
M HF]を流してコンディショニングしておく。流出液の流速は毎分1.0〜1.5 mLに調整する。
(2) 試料1 gをポリエチレンビーカーにいれ、HF(1+1)
8 mLを加えた後,HNO3(1+1) 2 mLを少量ずつ加えてポリエチレン時計皿をして水浴上で加熱して分解する。分解後、NHO3+HF溶液(A) 5 mLで時計皿を洗浄する。
(3) 試料溶液および時計皿の洗液をこの陰イオン交換カラムに流しこみ、NHO3+HF溶液(A)(10 mL×2回)でビーカーを洗浄しカラムに流し込む。
(4) 引き続きNHO3+HF溶液(B)[5 M HNO3+1 M HF] 100 mLをカラムに通し,流出液はすべてテフロンビーカー(200 mL)に受ける。[Taは吸着。定量成分はすべて溶出]
(5) 流出液に硫酸を加えて加熱し,白煙を発生させる。酒石酸及び水を加えて塩類を溶解した後、ICP発光分光分析装置のアルゴンプラズマ中に噴霧し,定量元素の発光強度を測定する(測定元素:Al, Ca, Cr, Cu, Fe, Mg, Mn, Mo, Nb,
Ni, Ti, W)。
(6) 陰イオン交換カラムは,硝酸アンモニウム・ふっ化アンモニウム溶液、水、水酸化カリウム溶液、水、NHO3+HF溶液(A)を順次通すことによって,再使用することができる。
イオン交換分離の手順を図-3に示します。
<フェロニオブ中のNbの定量方法(JIS G 1328)>
イオン交換分離法によるフェロニオブ中のNbの定量における操作手順は次の通りです。
(1) カラムは、一端をすぼめ脱脂綿を詰めたポリエチレン管(長さ約250 mm,内径約11 mm)に強塩基性陰イオン交換樹脂(粒径74〜149μm) 10 mLを詰め、NHO3+HF溶液(A)[4 M HNO3+8
M HF]を通しておく。
(2) 試料0.2 gをHF 8 mL+HNO3(1+1) 2 mLで加熱分解する。またはHF 8 mL+HNO3(1+1) 2 mL+H2SO4(1+1)
1 mLで加熱分解・乾固し、HF 8 mL+HNO3(1+1)
2 mLで溶解する。
(3) 試料溶液および洗液(10 mL×2回)をこの陰イオン交換カラムに流しこむ。NHO3+HF溶液(C)(10 mL×3回)をカラムに流しこむ。[Nb, Taは吸着、他成分は溶出]
(4) 引き続きNHO3+HF溶液(D)[4 M HNO3+0.2 M HF] 50 mLをカラムに通し,流出液をテフロンビーカー(300 mL)に受ける。[Taは吸着、Nbは溶出]
(5) pHを調整したあと、タンニン酸を加えて生成した沈殿を沪過洗浄し、強熱して質量をはかる。
(6) タンタルを定量する場合は、この陰イオン交換カラムを次の操作工程にまわす。




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