今回以降、金属イオンに関する系統的定性分析を取りあげます。未知の成分を含む水溶液に適切な試薬を加え、含まれる成分を順次分離してその種類を化学的に確認する操作は「系統的定性分析」または単に「系統分析」と呼ばれます。機器分析の発達した現在、系統分析の実用的価値は低下しましたが、化学の基本的反応や分離の仕組みを理解し、基本的実験操作を学ぶという教育的価値は決して低下していません。
このブログでは、実験操作の説明は必要最小限にとどめ、系統分析に関する理論的考察を中心に話を進めます。今回は系統分析の総論です。
<<系統分析とは>>
<対象成分と試料量>
ここで取り扱う金属成分の種類は、Ag, Pb, Hg, Cu, Cd, Bi, Sn, As, Sb, Fe, Al, Cr, Mn, Zn, Ni, Co, Ca,
Sr, Ba, Mg, Na, Kとします。
系統分析においては、個体試料は適切な処理によって溶液にする必要があります(後述の「固体試料の溶液化」を参照のこと)。分析に供する溶液に含まれる試料量の多少によって用いる分析器具、加える試薬量、操作方法などが異なります。試料量が約0.1 g以上の場合は、マクロ法(常量法)と呼ばれ、通常の実験器具の使用が可能です。これより少ない量の場合(試料量:約10~100 mg)はセミミクロ法(半微量法)と呼ばれ、やや特殊な器具、装置が必要です。しかし、理論的な考察をする上では試料の大きさはあまり影響を与えないと考えられます。
<系統分析の方法>
試料溶液に多種の成分が含まれる場合、最初から個々の成分を1つずつ確認するのは困難です。そこでまず、試料溶液に適切な試薬を加え、類似した性質をもつ数種類のクループに分けます。このグループは「属」(第1属、第2属、…)と呼ばれます。グループに分ける操作は「分属」と言い、また分属に用いる試薬を「分属試薬」と言います。分属後、その属ごとにさらに個々の成分に分離・確認作業を行います。このときの分離操作を「属内分離」と言います。確認操作は目視で行うので、沈殿の色や性状が重要となります。沈殿を溶解した溶液の色で確認する場合もあり、また確認に炎色反応が用いられる場合もあります。
一般に、金属イオンの系統分析においては、塩化物、硫化物、水酸化物、炭酸塩として沈殿分離する方法がよく用いられます。
<標準的操作法>
硫化物をメインに分属する方法は「硫化物法」と呼ばれ、用いる試薬や器具によって操作方法の細部は異なりますが、次のようなやり方が標準的です*1)。
(1) 希塩酸を加え、生じた塩化物沈殿(「第1属」[Ag+, Hg22+, Pb2+])を沪過する。
(2) 沪液(塩酸酸性)にH2Sを通じ、生じた硫化物沈殿(「第2属」[A:Cu2+,
Cd2+, Bi3+, Pb2+/ B:Hg2+, Sb3+, 5+, Sn2+, 4+, As3+,
5+])を沪過する。沈殿にNa2Sxを加え、溶解しない部分(「第2属A」)と溶解する部分(「第2属B」)に分ける。
(3) 第2属を沈殿した沪液を加熱し過剰のH2Sを除去し、金属イオンを酸化したのち、過剰のNH3水を加えて、生じた水酸化物沈殿(「第3属」[Fe2+, 3+, Al3+, Cr3+, Mn2+])を沪過する。
(4) 沪液(アンモニア塩基性)に(NH4)2Sを加え、生じた硫化物沈殿(「第4属」[Zn2+, Ni2+, Co2+])を沪過する。
(5) 沪液に(NH4)2CO3を加え、生じた炭酸塩沈殿(「第5属」[Ba2+, Sr2+, Ca2+])を沪過する。
(6) 残った沪液に含まれるイオンを「第6属」[Mg2+,
K+, Na+]とする。
*1) 参考文献
(1)松浦、西川、栗村:無機半微量分析-第2版- (東京化学同人)
(2)林、仲間、鈴木:セミミクロ無機定性分析 (東京教学社)
(3)浅田、内出、小林:定性分析[第2版] (技報堂出版)
(4)京都大学総合人間学部 編:無機定性分析実験 (共立出版)
硫化物法のフローチャートを図-1に示します。
図-1

<<系統分析の基本操作>>
<沈殿の作り方>
金属イオンの系統分析においては、沈殿を生成させる操作方法が重要となります。
系統分析に適した沈殿の条件としては、次のようなことがあげられます。
① 沈殿は十分に不溶であり、次過程に影響及ぼすような溶解損失があってはならない。
② 沈殿は粒度が大きくて、沈降しやすく沪過に適した形状でなければならない。
③ 沈殿は他属の成分による著しい汚染があってはならない。
沈殿剤の量は共通イオン効果から考えて過剰に加えるべきですが、あまり過剰に加えすぎると沈殿剤が金属イオンと錯イオンを作って再溶解するおそれがあるので、沈殿剤はできる限り小過剰に抑える必要があります(2024-08-25)。したがって、少量の沈殿剤を加え沈殿が沈んで上澄みが透明になったあとさらに沈殿剤を加え、沈殿の生成が完全になったことを確かめることが必要です。
一度に多量の沈殿剤を加えると粒度の細かな沪過しづらい沈殿が生成します。また、沈殿しないはずの金属イオンが沈殿と一緒に沈殿したり、沈殿の表面に吸着したりすることがあります(共沈現象)。したがって沈殿剤の添加は少量ずつゆっくりと撹拌しながら加える必要があります。
常温での沈殿は沈殿の生成速度が遅く、また生成した沈殿が細かすぎたりコロイド状になったりして沪過しづらい場合があるので、これを避けるために、多くの場合加温した溶液から沈殿を作ることが有効です。また沈殿を加温しながら放置して、沈殿を成長させ粒子を大きくすることもあります(熟成)。しかし、熟成操作によってかえって悪い影響がでる場合もあります(たとえばCuS沈殿に対するZnSの後沈現象)*2)。
*2) 沈殿の生成過程を細かく見ると、溶解度を超えたからといって、直ちに沈殿が生成するわけではなく、まず過飽和状態(平衡状態より多量の塩が解けている状態)が出現する。この状態ではイオン会合体やそれらが集まったクラスターが生成している。
この過飽和状態は不安定であって、ある限界を超えると、その物質の過剰分を沈殿させながら飽和溶液の状態(平衡状態)に変わる。過飽和状態から平衡状態に移る過程では、まず小さな固体粒子いわゆる核の生成が起きる(溶液中の小さな異物が核となることもある)。この核の周りに結晶が成長してコロイド(10^-7~10^-4 cm)あるいはさらに大きな結晶となり凝集して沈降する。
このとき、核が多数存在すれば、沈殿の生成速度は大きく沈殿析出は速く完了するが、多数の核の上に析出成長するので、生成した沈殿粒子の大きさは小さくなる。一方、沈殿粒子の核の数が少ないと沈殿の完全析出まで時間がかかるが、生成した粒子は大きくなり、沈殿の純度も高くなる。過飽和を最小に抑え、大きくて沪過しやすい結晶を作るためには、いろいろな因子(温度、沈殿剤の濃度、沈殿剤の添加速度、撹拌、pH、など)を管理する必要がある。
<沈殿の分離洗浄>
マクロ法では沈殿分離にロートおよび沪紙を用いることが一般的です。セミミクロ法では特有な器具(沪過管、加圧バルブ、化学綿等)を使用します。また、両法とも沈殿の分離に遠心分離機を用いることも可能です。一般に溶解度は温度が上昇すると大きくなるので、分離洗浄は冷時に行うのが一般的です。
沪過管、加圧バルブを使用する場合、沈殿の性状によって綿の詰め具合を変えます。また、遠心分離機を用いる場合は、沈殿を含む溶液を装置にセットしたら反対側に同量の水を入れた遠心管をのせてバランスをとることが重要です。沈殿が分離したら、ピペットまたは傾斜法で上澄みを除きます。
分離した沈殿には母液が残っているので、適切な洗浄液で沈殿を洗浄します。このとき沈殿の再溶解を防ぐため少量の沈殿剤を含み、さらに沈殿のコロイド化防止のため電解質を含む溶液を用いるのが普通です。
<沈殿の溶解と溶液の蒸発乾固>
マクロ法で沪紙を使って分離した場合、沈殿は洗ビン等を使って別の容器に移しいれ、溶解剤を加えて溶解します。またセミミクロ法では沪過管をそのまま溶解剤の入った容器に浸して溶解します。溶解速度が遅い場合は加温します。蒸発-乾固は水浴やホットプレート上で行います。
<標準溶液>
標準溶液(原液)は、原則として硝酸塩を用いて1.0 mol/Lの硝酸溶液を作成し保管するものとします(硝酸塩が不適なものは塩酸塩を用いる。また溶解性の低いものは適切な濃度のものを作る)。練習用の検液はこれを薄めて0.1 mol/L程度にした溶液を用いるのが一般的です。混合した検液を用いるときは、混合によって酸化数が変化したり沈殿を生じたりする組み合わせは避ける必要があります(たとえば、第1属イオン(Ag+)と塩化物の塩で作られたイオン(Sn2+))。標準溶液の例を図-2に示します。
図-2

<固体試料の溶液化>
系統分析は溶液で行なうので、固体試料は適切な方法で溶液化する必要があります。たとえば無機物試料の固体は乳鉢等で微細に粉砕したあと、次の方法で溶液化することが標準的です。
(1) 試料を水で浸出する。沪過して浸出液と残渣に分ける。
(2) (1)の残渣を希硝酸で浸出する。沪過して浸出液と残渣に分ける。
(3) (2)の残渣を王水で浸出する。沪過して浸出液と残渣に分ける。
(4) (3)の残渣を融解剤(炭酸ナトリウム等)で融解する。融解物は希硝酸で溶解する。
(5) (3)の残渣をHFで処理してSiO2を揮散後、残渣を希硝酸で溶解するかあるいは融解する。
浸出液は個別に系統分析を行うか、あるいは、混合して沈殿が出なければ合併してもかまいません。
次回は、第1属に関する考察をします。
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