金属イオンの系統分析において最初に分離するのは塩酸を加えて難溶な塩を生じるイオン(Ag+, Pb2+, Hg22+)で、これを第1属とします。今回は、第1属の操作の概要をフローチャートで示し、分属の条件に関して考えます。
<<事前のお断り>>
第1属の分離操作を説明する前にいくつかの"お断り"をしておきます。前回(2026-01-11)も話した通り、このブログでは系統分析に関する理論的考察を中心に話を進めたいと思います。したがって、実験操作の詳細説明は省き、分離操作の概要のみをフローチャート(図中、ピンク色は沈殿を表し、水色は溶液を表す)で示します。また確認操作についても概要のみを記します。系統分析の操作方法は原則として、「松浦、西川、栗村:無機半微量分析-第2版- (東京化学同人)」に準拠しました(実験操作の詳細はこの本をご覧ください)。
この方法はセミミクロ法を用い、試薬に添加量は「滴数」で記されていますが、平衡計算にあたっては1滴=0.05
mLとし、数滴程度の試薬の添加による試料溶液の体積変化は無視しました。また、操作はかなり高いイオン強度溶液のなかで行われていますが、平衡定数のイオン強度による補正は原則行いません。したがって得られた結論はかなりの誤差を含むと思いますが、定性分析の考察ではこれで十分ではないかと思います。規定度(N)はモル濃度(mol/L(=M))に変更しました。
<<第1属の分離・確認操作>>
第1属の分離操作のフローチャートを図-1に示し、確認操作の概要を図-2に示します。
図-1

図-2

<<分属におけるHClの添加量>>
第1属の分属操作には塩酸を用います。第1属イオンのうち、Ag+とHg22+の塩化物の溶解度は非常に小さく、HClが当量を少し超えたところで溶解度が最小となりますが、PbCl2の溶解度は比較的大きいのでHCl濃度をかなり高くしないと沈殿は生成しません。第1属の分属におけるHClの添加量と溶解度の関係を求めます。
<PbCl2の溶解度>
0.01, 0.03, 0.05 mol/LのPb(NO3)2を含む溶液にHClを添加したとき、HClの添加濃度とPbCl2の溶解度の関係を求めます(HClの添加による体積変化は無視、イオン強度による補正はなし)。
ソルバーによる計算例を図-3に示します。用いた平衡定数値は図中に示します。
図-3
HClの添加濃度とPbCl2の溶解度の関係を図-4に示します。(イオン強度を考慮した溶解度については(2024/09/15)を参照)
図-4

図-4から分かるように、Pb(NO3)2濃度が0.01 mol/L~0.05 mol/Lの範囲においてHCl濃度Ccl≒0.8
mol/L(logCcl≒-0.1)でPbCl2の溶解度Sが最小になります(S=2.8×10^-3
mol/, logS=-2.55)。
<Pb2+,
Ag+共存時のPbCl2, AgClの溶解度>
Pb(NO3)2およびAgNO3をそれぞれ0.03mol/L含む溶液にHClを添加したとき、HClの添加濃度とPbCl2, AgClの溶解度(Spb, Sag)の関係を求めます。
計算例を図-5に示し(*1)、HCl濃度と溶解度Spb, Sagの関係を図-6に示します。
(*1) 沈殿を含めた物質バランスは、
Cag=[AgCl↓]+([Ag]+[AgCl]+[AgCl2]+[AgCl3]+[AgCl4])=[AgCl↓]+[Ag‘]
Cpb=[PbCl2↓]+([Pb]+[PbCl]+[PbCl2]+[PbCl3]+[PbCl4])=[PbCl2↓]+[Pb’]
Ccl=[AgCl↓]+2[PbCl2↓]+([Cl]+[AgCl]+2[AgCl2]+3[AgCl3]+4[AgCl4]+[PbCl]+2[PbCl2]+3[PbCl3]+4[PbCl4])
=[AgCl↓]+2[PbCl2↓]+[Cl’]
∴ (Ccl-[Cl’])-(Cag-[Ag‘])-2(Cpb-[Pb’]) =0
図-6から分かるように、PbCl2の溶解度はHCl濃度が0.8 mol/Lのとき最小値(約3×10^-3
mol/L)を示し、またAgClの溶解度はHCl濃度が0.04 mol/Lのとき最小値(約4×10^-7 mol/L)を示します。
Pb(NO3)2, AgNO3の添加濃度がそれぞれ0.04 mol/Lのとき、HCl濃度とPbCl2,
AgCl沈殿の回収率の関係を図-7に示します。
図-7

PbCl2の回収率だけを考えると、HCl濃度は0.8 mol/L付近が最も望ましいのですが、Pb2+は第2属でも検出できるので、PbCl2の回収率を少々犠牲にしてもAgClの回収率を優先すると、HCl濃度は0.3~0.4 mol/L以下が妥当であると考えられます。
その意味でいうと、各イオン0.01~0.05 mol/Lを含む検定溶液1 mLに対して6 mol/L HClを1滴加えさらに確認用に1 mol/L HClを1~2滴加える操作(このときHCl濃度は約0.3~0.4
mol/L)(図-1)は適切であることが分かります。
<<沈殿生成時の加温とろ過時の冷却>>
6 mol/L HClを1滴加えた後加温するのは、熟成して沈殿を完全にするためです。熟成とはある程度の時間、沈殿を母液と接触させて沈殿の粒子を大きく成長させる操作ことで、加温することで熟成は加速されます。しかし温度が高いと溶解度は大きくなるので沈殿分離時には冷却することが必要です。また、沪過洗浄時に洗浄剤として0.1 mol/LのHClを用いるのは、沈殿の再溶解やコロイド化を防ぐためです(2026-01-11)。
なお、Hg2Cl2については、適切な錯生成定数の値が見つからなかったので計算に入れていませんが、pKsp≒18から考えて、AgClと同じ様な挙動を取ると思われます。


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